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第3話
東京のほぼ中心に位置する株式会社Earth。
ここで初めて合格者たちが顔を合わせる
今回のオーディションの合格者は20名。応募総数約5万人以上という母数にしては極めて少ないとしてネットニュースで話題になっていた。
スタッフに通された部屋にはすでに自分とは違う学校の制服や私服を着た人がパイプ椅子に腰かけていた。周りがまだ空いている所が多い場所の椅子に腰かける。
「あの~」
隣に座っていた子が話しかけてきた。
「大分早く来てしまって、なかなか周りに誰も座らなくて心細かったんですよ」
「えっと・・・あのー」
「あ、ごめんなさい。急に話かけちゃって。私、岸上 美って言います
あなたの名前は?」
「志賀 景って言います。17歳です。」
「17歳!?私も17歳だよー!同い年だね。これから仲良くしてねー
あ、あとさ、気になってたんだけどすごい訛ってるね!どこ出身?」
「か、鹿児島です」
「鹿児島かー!遠いところから来たんだね。どう?東京にはもう慣れた?
って、いっても私も東京出身じゃないんだけどねー」
と豪快に笑う。
先ほどからの怒涛の質問攻めに若干引いていると
また一人入室してきた。
部屋にいた人たちは息を合わせしたかのように一斉に彼女へ視線を向ける。
その人は困惑した表情を浮かべると軽く、一礼すると自分の席へ向かう。
「綺麗な人だね~」
岸上さんが、彼女を目で追いながら言う。
確かにとても綺麗な人だ。それに言葉では上手く言えないが第六感がその人の気配を勝手に感じ取ってしまう。
「―ちゃん。景ちゃん、けーいちゃーん!」
「は、はっ、はいっ」
「よかったー!名前呼んでるのに気づいてくれないから無視されてるかと思ったよー。それより、なんかおかしいことあった?さっきからずっと笑っているけど」
「い、いや、なんでもないです。」
岸上さんとそれから、「岸上さんはやめてひーちゃんって呼んでよ!」とか
私のニックネームをカゲちゃん(志賀のガと景のケをとって)にされたりと何気ない会話をしていると、マイクのハウリング音が聞こえ、その場が静まりかえる。
「えー、皆さん。まずはオーディション合格おめでとうございます
始めましてチーフマネージャーの今井です。これからよろしくお願いします
私から、今後の方針についてお話します。
これから皆さんには、約4カ月の間、アイドルのイロハを学んでもらいます。
その後に、Earthの1stシングルセンター発表になります。皆さん、それぞれ目標があるとは思いますがこれから頑張って行きましょう。私からは以上です」
今井さんのお話の後、明日のお披露目会、仕事の連絡先、レッスンの日時や、上京組の寮のことなど諸々の説明が2、3時間程度で終わり今日は解散した。
上京組は寮へと案内され、ようやく部屋で一息つくことができた。
実家から送られてきた荷物を確認しているといくつか足りないものが出てきた。まだ日が暮れるまで時間は大分ある。適当に身支度を済ませ、部屋をでる。
と同時に隣の部屋のドアが閉まる音が聞こえた。
確か、あの人は・・・。
「もしかして、いまから買い物行きます?」
私には似合わなそうな可愛らしい服を着たその人が声を掛けてきた。
「あ、ごめんなさい。私、三宮みさとって言います」
名前が思い出せないのが顔からばれてしまったのか二度目の自己紹介してもらったおかげでようやく顔と名前が一致した。
「実は、私・・・とても方向音痴で。もしよかったら一緒に行ってもいいですか?」
断る理由もないので頷く。すると、安堵したようで
「よかったぁー。ありがとうー」
と私の手をバっと握り、地面に座り込んだ。
見慣れない土地をスマートフォンの地図アプリで何度も確認しながら目的地まで歩いていく。三宮さんは数分前のことが嘘のようにスキップをしそうな勢いで楽し気にしている。
「私ねー、こうやって友達と都会でショッピングするのが夢だったんだよー」
少し後ろを歩いていた私に屈託のない笑顔を向け話しかける。
「三宮さんの出身ってどこ何ですか?」
「『三宮』ってなんか堅いからさ、『みさと』か、『サンちゃん』って呼んでよ」
「みさとさんの出身はどこですか?」
さん付けで変わらず敬語を使っているのが気に食わないのか小さい頬を何倍にも膨らまして不満を露わにしている。
「生まれも育ちも愛知県だよー。私の住んでいたところはねミカンが有名でね。今度親に送って貰って分けてあげるね」
そんな会話をしていると目的地のショッピングモールに着いた。
一時間後にまた入り口付近で集合すると決め、それぞれの用事を済ませる。
だが、一時間後になっても姿が見えないので、彼女がメモ帳を買いたいっていたことを思い出し文房具売り場に探しにいったがそれでも見つからず30分経ってようやく見つけた。
しかも、彼女はまだメモ帳を買えていなかったので仕方なく付き合い店を出たときには空は茜色に染まっていた。
「ほんとにごめんね」
あれから、数十回は聞いている。とても反省しているようだ。
「もう謝らなくていいですよ。それより事件とかに巻き込まれていなくてよかったです。」
「ぶ。ふふふ、はははははは」
突然、みさとが笑い出す。
「事件って。もしかして気を使ってくれてるの?」
まだ、笑いが収まらないようでお腹を抱えている。
何かおかしいことを言ったのだろうか。彼女の瞳を見つめ無言で疑問を伝える。
流石に事件は言い過ぎただろうか。人とこれまで接してこなかったので気の使い方など知らない。
「ごめん。ごめん。私、てっきり志賀さんのこと、勘違いしてたみたいだね」
景の少し前を歩くみさとは雲も確認できなくなった空を見上げた。
「志賀さんは何でアイドルになったの?」
みさとは街路で立ち止まり、景も合わせるように歩みを止めた。往来する人々はそんな二人を意に返さず避けていく。
「・・・・みさとさん?」
「私はね。人を笑顔にさせるのが好きなの。みんなが笑ってるところを見るとなんだか
幸せな気持ちになれるの。
それでEarthのオーディションのこと知った時、これだ!って思った。
そう思ってからすぐに体が動いちゃって気づいたらここに居るんだよ?笑えちゃうよね。
もちろん親にも友達にも反対されてさ。それを振り切って後先考えず走り出した」
みさとは先ほどの笑顔で振り向くがどこか不純物が混ざっている気がする。
「私・・・。間違ってるのかな」
「それが正解。とは言えない。けど・・・。ただ、やらないで恰好つけるよりはマシだと思う。」
「志賀さん?」
「えっと。だ、だから。あの、つまりみさとさんは間違っていないと思います、です。」
「そっか。そっか。私は間違えてはないのか」
そう言うとみさとは再び歩き始めた。何だったのだろうと首を傾げ、距離がこれ以上開かないように後に続く。速度を合わしてくれたのか次第にみさとと横に並んだ。
私よりも身長があるにもかかわらず、歩きながら身を屈めてこちらを見つめてくるので、自然と上目遣いになっている。その一段と可愛らしい姿にドギマギしてしまう。
「えっと・・。みさとさん・・?」
「さっきの話の続きなんだけどさ。志賀さんはどうなの?」
「アイドルになった理由ですか?」
「うん」
別にいじめられていたこと自体を隠したい気持ちはない。決して明るくない自分の過去を話すことに抵抗があった。
「私は・・・・」
しかし、曇りのない綺麗な目で話を聞こうとするみさとに自然と口は動き出した。
「実は私・・・、いじめられていて。その頃は死のうかとも思っていました。
その時にアイドルに出会ったんです。キラキラと輝いて、観客は声を上げずにはいられな
くなるほど夢中になって。
『あんな風に私もなれたらな』と思ったんです。心の中じゃ出来るはずないって分かって
いたはずなのに、みさとさんと同じように体が動いていました。」
そこまで言い終えるといつの間にか寮の前まで来ていた。街灯が照らされ、見える限りの建物には明かりがポツポツと付き始めていた。
「そう・・だったんだ・・・」
みさとの一言が周辺の雑踏にかき消されて、沈黙だけが残る。
(やっぱり・・・)
空気をかえるために「気にしないでください」そう言いかけたとき
みさとの両手が景の左右の手を包み込む。
「えっと・・・。みさとさん?」
「志賀さん!」
「は、はい?」
強くそして温かく、握られた手はみさとの額に上げられる。
「志賀さん。頑張ろうね」
一つになった手に誓いを込めるみさと。恐らく景への励ましも込めているのだろう。
同情されてではない。素直にこれから一緒に頑張って行こうとする気持ちがとても心地良かった。
「ありがとう。みさと」
「・・・志賀さん?」
大きな目をパチクリさせ、驚いた表情を浮かべる。
無意識に外してしまった敬称に気づいた景は慌てて訂正しようとするがそれよりも早くみさとの両腕に景の体が納められた。
「景ちゃん。私と友達になろう」
その問いには答えずに
「痛いよ。みさと。」
とだけ返した。
そう言うとみさとはさらに包む力を強めた。
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