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第5話
計10種目のトレーニングを終え、あちこちからうめき声が聞こえる。
「とりあえず皆さんの体幹がないことは分かりました。これからもトレーニングは続けていきますが各自でもトレーニングはしておくように」
「「はい!」」
「じゃあ、少し休憩してそのあとダンスのレッスンにしましょうか」
「景ちゃんさっきのトレーニングどうだった?もう私腹筋バキバキだよ」
みさとがお腹をさすりながら歩いてきた。
「私もまぁまぁきつかったよ」
「まぁまぁかー。景ちゃんもしかして腹筋チョコレートだったりする?」
「ちょ、みさと、くすぐったいって。ハハハハハ」
お腹を撫でまわされ床を転げまわる。
「なに楽しそうなことやってるのー?私も混ぜてー」
そこに一美も加わってくる。
「二人とも息できないよ」
「そろそろやめてあげよっか」
「ん、そうだね。それにしてもカゲちゃんの体引き締まってるよね。私なんてほら」
一美は自分の二の腕を引っ張りその伸びようを悲し気に話す。
「ひとみん。これから嫌でも痩せるよ・・・」
「確かに・・・」
二人は虚ろな目で遠くを見つめる。
「あ、そういえばみさとちゃんのあだ名まだ決めてなかったね!」
「景ちゃんのあだ名を作ったのもひとみんだったよね」
「うん!そうだよ。昔から仲良くなった子にあだ名付けるの好きなんだよね」
「なんかそれ嬉しいね!私のはどんなのになるんだろ」
「うーん。三宮みさとだから・・・そうだ!『サンちゃん』ってのはどうかな
明るいし、いつも笑ってる太陽みたいっていう意味でサンちゃん。みさとちゃんにピッタリじゃない?」
「うん!とっても素敵。私、気に入ったよ!」
二人のやりとりを蚊帳の外のように聞いていると。
「ねぇねぇ、景ちゃんもちょっとサンちゃんって呼んでみてよ」
いきなり、話を振られたせいで変な声が出てしまう。
「ひぁい!えーと、サン・・・ちゃん?」
「いいね!恥じらいもあって可愛い!」
「うんうん!あれカゲちゃん顔赤くなってる」
一美が熱くなった顔を指さし、それに同調してみさとも笑っている。というより、その笑顔は赤ちゃんとか可愛いものに向けるような・・・。
「みさとも一美もからかわないでよ」
「あーあー、みさと呼びに戻ちゃった」
「可愛かったのにな~」
その場にいるのが少し恥ずかしくなり逃げ出そうとするが二人に阻まれた。
「どこいくの景ちゃん?」
「もっと話そーよ、カゲちゃん」
「私、ちょっと疲れたから・・・」
「「景(カゲ)ちゃん」」
二人が息を合わせ、じりじりと迫ってくる。
「はーい、休憩終わりー!皆集合してー!」
「ほら、二人とも行こう」
「ちぇ~」
「あらら」
中島さんの声に救われ、中島さんを中心とした扇状の列に加わる。20人が揃ったの確認すると手元のパソコンを操作し、とある映像が再生された。
「知ってる人もいるかもしれないけど、これはRisEの『感情空模様』という曲です
見ての通り振りも激しく、フォーメーション移動の激しい曲です。しばらくはこの曲を使ってグループでのダンスに慣れてもらいます。早速やってみましょうか
さあ、みんなさっきの列になって広がって」
中島さんは皆が広がったのを確認すると足元に置かれたラジカセの再生ボタンを押した。
「―よーし、とりあえずここまでー
ここからは個人で今の部分で分からなかったとこ練習しようか。1時間後に振りの確認と次はフォーメーション移動の練習に入るからわからないことは周りか私に聞いてね」
それからは自然と仲のいいグループで固まっての個人練習が始まった。
一美はそうそうに4人ほどで固まり、みさとは私に声を掛けようとしていたが他の子に呼ばれて私のこと気にかけながら行ってしまった。もともと一人でするつもりだったので心配なんてしなくていいのに。そう心の中でつぶやきながらスマホで撮っておいた中島さんのダンスを見ながら振りを確認する。
「どうしたの?体調悪いの?」
壁に寄りかかり顔を埋めて座っている子を関本奈津が心配する。
「ん”ん“ん”。うーん」
「理生ちゃん。振り覚えないとヤバいよ」
奈津は片桐理生を揺さぶり、起こそうと試みる。
すると「ふぁ~」と大きなあくびをして起き上がる。
「やっと起きた。ほら早く練習しよ」
「私もう覚えたから大丈夫だよぉ」
「え?」
理生の言葉に奈津が驚いていると遠くから「理生ちゃーーん、振り忘れちゃったよー。最初から教えてーー!」と大きな声を発しながら小走りで小森未有がやってきた。
二度寝をしかけていた理生は目をこすり「最初からぁ~?ま~いいけどぉ。よっこいしょお」
理生は重い腰を上げ、鏡の前に立った。
「じゃあ、未有ちゃんやるよ?」
理生はスマホに入れておいた音源を再生した。
「すごい」
奈津は素直に驚いた。奈津は個人練習に入った後すぐに眠りについた理生が気になりしばらく気にかけていたがあれから練習した様子はなかったのにしっかりと踊れている。
曲が終了し軽く呼吸が乱れている理生。
「理生ちゃん凄いね!さっきの練習でもう覚えたの?」
「んー、昔から覚えることだけは得意なのよねぇ」
「羨ましいな。私、物覚え悪くて全然、振り覚えられないよ」
「そうかなぁ、照れちゃう。へへ」
「理生ちゃんありがとー!」
理生のダンスをスマホで撮っていた未有が理生に抱き着いた。そんな未有の頭を撫でながら
「未有ちゃん、これで大丈夫かなぁ」
そう聞かれると撮った動画を再度確認する。その顔はサビに近づくほど険しくなっていき「もう1回お願いしてもいいかな?今度はゆっくりで・・・」未有は申し訳ないという態度をとっているつもりだろうが奈津の目からは胸の前で両手を合わせ、首をかしげて上目遣いをしている姿可愛いくおねだりしているようにしか見えない。どうやら理生はその仕草にやられたようで渋々「じゃあ、一緒にゆっくりやろうかあ」と了承した。すると未有は満面の笑みで「やった!」と喜ぶ。この人たらしめ、と思ったがいつの間にか奈津も未有に教える側に回っていた。
その様子を鏡越しに見ていた。(理生さんすごいな。もうほとんど完璧に踊れてる)
そんな感想を抱きながら3人のやり取りを眺めていた。
私も一通り振り覚えたし一回通してみようかな。出来るだけ他のみんなの邪魔にならないスペースを探す。
よし、ここら辺でいいかな。
周りを見渡しても他の人たちとの距離は大分ある。手に持っていたタオルと水の入ったペットボトルを床に置く。その代わりにさっきまで動画を見る時に使っていたワイヤレスのイヤホンをポケットから取り出した。
あちこちで音を出して練習してはいるが私にはそんな勇気などない。イヤホンをつけ、再生ボタンを押して置いておいたタオルの上にスマホ置く。両耳からイントロが流れ、鏡の自分に集中する。呼吸をするごとに周りの景色は狭まり次第には鏡の自分しか見えなくなった。
(うん。集中できてる)
曲が始まると体は自然に踊りだす。やがて鏡の虚像も見えなくなり意識は全て自分自身に向く。足の指、1本1本から手の先に至るまで動いて熱くなった血液が巡り渡るのが分かる。あー、やっぱり踊るのはいい。嫌なことも嬉しいことも踊る以外のことは全て忘れて一つのことに集中できる。あと少しで思考すらなくなってしまうところで曲が終わってしまった。突然、終わってしまった快感に物足りなさを覚えた。とほとんど同時に喉の渇きも覚え、置いておいた水を飲み、胃に冷たいものが流れ込んだところで気が付いた。妙に視線を感じる。ふと、鏡を見るといつの間にか私を中心に半円が出来ていた。
未体験の現状に体はフリーズし、その反対に対処法を模索すべく忙しなく稼働する。体幹時間で3分ほどたった時、現実逃避から帰ることが出来た。
「景ちゃん!」固まりの中からみさとが飛び出してきた。興奮気味に私の肩を揺さぶり
「今の何?私、あんなにすごいの初めてみたよ!」
私にはみさとの言っていることがいまいち理解ができない。
「えっと・・・どういうこと?」
「だから、景ちゃんのダンスが―」
「景さん!凄いです!なんというか凄いです!」
語彙力が残念な感じになるほどテンションが上がっている加耶ちゃんが飛びついてきた。
その勢いとイメージとのギャップに気圧されていると冷静さを取り戻した加耶ちゃん恥ずかしそうに前髪を手でといている。
「あの、ごめんなさい興奮してしまって・・。みさとさんもごめんなさい話を遮ちゃって」
「うんうん。それは良いけど・・・。加耶ちゃんって興奮するとあんな感じになるんだね」
にやにやしながらからかうみさとに加耶ちゃんは少し不貞腐れたように反抗する。
「それは・・・景さんのダンスが凄すぎるから・・・」
「ごめんごめん。でも確かに凄かったよね・・・」
「はい!あんなダンス、プロの人にも出来ませんよ!私、初めて見ましたよ、あんなにすごいダンス」
言い終えるとまた熱くなっていたことに気が付いて小さくなっていった。
加耶ちゃんの話でようやく分かったがどうやらこの騒ぎは私のダンスが原因らしい。にしても加耶ちゃんは褒めすぎだと思う。確かに所々から「凄い」だの「キレがやばい」だのの言葉が聞こえてくる。こんな場に慣れているわけがない。なるべく気配を消し、騒ぎの中心から脱出を図るが肩を叩かれ呼び止められた。
「景ちゃん、だよね?」
振り返ると綺麗な三人がいた。
「はい、そ、そうです。えーっと武田さんでしたよね?」
その内の一人、小さい顔にすらっとした鼻、整いすぎている顔の持ち主がその大きな目でこちらを見ている。
「こーら、真理乃。志賀ちゃんが怯えてるじゃんか
あんたの顔怖いんだからさ、笑顔、笑顔」
と武田さんの頭を山本さんが小突く。
「ふぇ~、私ってそんな怖い顔かな?」
「鏡見てみなよ」
そう言われると、言われた通りに鏡の前で自分の顔を触りながら確認している。
「はいはい。二人ともおふざけはそこまで。景が困ってるでしょ」
「はーい」と山本さんが返事して鏡の前で顔を見ていた武田さんは「私はふざけてないのに」と愚痴をこぼす。
「二人がごめんね。あ、一応自己紹介しとくと私、上杉冬華、よろしくね」
「あ、こちらこそよろしくお願いします。志賀景です」
「実は私たちずっと景のこと気になってさ。さっきから一人で練習してたから一緒に練習しようって誘おうと思ったんだけど・・・」
「そうそう!でも、さっきの見たら一緒に練習しようなんて言い出せなくてね
でも、そこの真理乃が一人じゃきっと寂しいよって言うからさ」
「マナちゃんも言ってたくせに」
真理乃に告げ口された愛実は少し照れ臭そうに頭をかいた。
「えっとだからさ。もし、よかったらなんだけど、私たちにダンス教えてくれないかな?
振りは覚えたんだけど景みたいなキレがなくて」
あえて距離を取っていたのが申し訳なくなる。こんな私にも優しくしてくれる人がいる。まだ、人と接することは怖い。でも、いつまでも人を怖がるわけにはいかない。
「わ、私でよかったら。役に立てないかもだけど」
すると3人は
「ありがとうー!景ちゃん」
「ありがとう、景」
「助かるよ、志賀ちゃん」
口々にお礼を述べる。言われ慣れない言葉たちになんだか照れ臭くなって目線をそらした。
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