第6話 

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第6話 

レッスンを終えたのは19:00頃。外はすっかり暗くなっていた。 「景ちゃん。今日はありがとうね」 講師に挨拶を済ませ、レッスン着から着替えていると後ろから真理乃の声が聞こえた。 「いえ、こちらこそ色々ありがとうございました」 一応、ダンスを教えてはいたが3人はすぐにコツを掴み、あっという間に教えることが無くなった。それよりも私の方がたくさんよくしてもらった。 休憩時間にはお菓子をくれたり、暗い私にも積極的に話しかけてくれた。3人のおかげで少しは打ち解けられたかもしれない。 「景ちゃんさ。何か悩んでることはない?」 「悩み・・・ですか?」 「うん。景ちゃん見てると昔の私を思い出してさ 何もないならいいんだ。急にごめんね」 「いえ・・・」 「じゃ、景ちゃんお疲れ様。また明日ね」 「お疲れ様でした」 真理乃は他のみんなにも挨拶していくとレッスン室を後にした。 「悩み、か」 そういえば、なんでみさとには打ち明けられたのだろう。 秘密にしたいわけではないにしろ、普通、初対面の人間にイジメられていたことを言うだろうか。 それに生まれて初めての友達というのいつの間にか出来てしまっていた。 寮への帰宅道、大きく欠けた月を見ながらここ数日の出来事を思い出す。 新しく下した真っ白なスニーカーがザクザクと音を鳴らす。 車が何台も通り過ぎる音、電光掲示板や立ち並ぶ店が放つ眩いほどの多色光。 故郷には見られなかった光景に改めて遠くまで来てしまったことを実感する。 「あれ?景ちゃん?」 「みさと?」 片手に買い物袋を持ったみさとが目の前のコンビニから出てきた。 「景ちゃん、今、帰り?」 「うん。真理乃さんたちと少し残って練習してて」 「そっか。あ、そうだ。さっき、コンビニで新発売のアイス買ったんだ。二つあるから一個上げる」 袋から取り出したものを景に「はい」と差し出す。 「ありがとう」 包装を破り、中のアイスキャンディーに噛り付く。 二人は並んで寮へと歩いた。 「今日のレッスン疲れたね~」 「そうだね」 「それにしても、今日の景ちゃん、かっこよかったね」 「そんなことないよ」 「謙虚だよね。景ちゃんはさ。あれぐらい踊れたら自慢してもいい思うけどな~」 「私なんてまだまだだよ」 「まだまだか。景ちゃんは頑張り屋で凄いよね」 「頑張り屋?」 「うん。私ならあそこまで出来たら“これぐらいでいいか”て思っちゃいそうだもん」 「みさとだって皆とすぐに仲良くなってすごいと思うけど。私には絶対出来ないもん」 「ま、人の芝生は青いって言うしね」 みさとは買い物袋を大きく前後に揺らして「ないものねだり、ないものねだり」と夜空に呟いた。 憂いげなみさとをただ見つめる。 まだ少しの付き合いだがいつもの社交的で活発な普段の姿とは違ってたまにこんな様子を覗かせる。 脳裏に今日のレッスン終わりの光景がよぎった。 ―「景ちゃんさ。何か悩んでることはない?」 「悩み・・・ですか?」 「うん。景ちゃん見てると昔の私を思い出してさ 何もないならいいんだ。急にごめんね」 「いえ・・・」 「じゃ、景ちゃんお疲れ様。また明日ね」 「お疲れ様でした」   ― まだみさと以外には打ち明けてない私の過去。 何故、みさとには話せたのか。 「景ちゃん?さっきからボーっとしてどうしたの」 気が付くとみさとの顔が近くにあった。 「うわっ。いや、ちょっと考えことしてて」 みさとは「考えこと?」と顔を近づけたまま首を傾げる。いちいち可愛らしい姿に体をのけ反らせながらも心の中に浮かんだ疑問を吐露した。 「私、なんでみさととはこんなに話せるようになったんだろうって」 「なんでって・・・。なんでだろう・・ね」 明らかに戸惑うみさとに私は問いかけ続ける。 「私、赤の他人とまともに話したの今日が初めてだった。 でも、みさととはすぐに仲良くなれたし」 「景ちゃん?」 「自分自身でも驚くほどみさとには気を許してるし」 「・・・景ちゃん」 「まだ数日しか一緒にいないのになんで――」 「景ちゃんストップ!」 「ん?みさと・・?」 「景ちゃん恥ずかしいよ・・・」 「え?」 みさとの顔を見ると頬が赤く染まっていた。 「景ちゃんそんなこと思ってたんだね・・」 恥ずかしそうに、でも少し嬉しそうに俯く。 「ん~、仕方ありませんね。このみさとお姉さんがその疑問を一緒に考えてあげましょう」 手を腰にあて、胸を張り、何故か、威張っている。そもそも、“お姉さん”とはなんだろうか。 色々な疑問が浮かぶ。 「じゃあ、景ちゃんが今まで出会った人たちと私、どんなところが違うのかな?」 とりあえず、一緒に考えてくれるみたいだ。 「うーんと、雰囲気?みさとは日向みたいに暖かい感じ?」 「うん。それから、それから?」 「それから?えーっと、私のことを否定しないことでしょ。あと、いつもニコニコしてるとこ。それから―」 「あー!やっぱ、ギブ!こんなの恥ずかしくて聞いてらんないよ」 「みさとが言えって言ったのに」 「やっぱり、恥ずかしくて・・・ でもさ、私のことは分かったけど、景ちゃんが今まで接してきた人たちでどんな人たちだったの?」 「それは・・・」 今まで人の目に自分が映らないようにするのに精一杯だった。頭の中にある小中高のクラスメイトの顔にはモザイクがかかったように思い出せない。 「わからない・・・」 「わからない?えっと、じゃあさ、メンバーに似ているような人いる?」 「それはいない・・・」 「わかったかもよ、景ちゃん。景ちゃんは今まで人のことを見ていなかったのかも アイドルになってから初めて、人というものに興味をもったから、良い人っていうのもわかったのかも」 そうだったのか。今まで私は人のことを見ようとせずに逃げ続けた。 もしかすると、みさとのような人とにも出会っていたかもしれない。 「ありがとう。みさと。何となくわかった気がするよ」 「そっか」 夏のまだ香る夜に、二人で並んで食べたアイスキャンディは寮に戻る。頃にはすっかりなくなっていた。
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