611人が本棚に入れています
本棚に追加
なんだか、朝から疲れたし、昼も疲れた。それもこれもあの内面変態副社長のせいだ、と思いながら、私は帰路につこうと、会社の1階ホールを歩いていた。その時、また、見えてはいけないものが目に入る。
「…どうされたんですか」
そう、それは諸悪の根源。豊臣純副社長、その人だ。
副社長はさらりと、
「ん? 一緒に帰ろうかと思って。どうせ帰り道、一緒でしょう」
と笑う。
―――なぜ絡んでくる!
何がおもしろいのか、その顔から今、不思議と思考が読み取れない。っていうかそれどころじゃない!
私は思わず副社長の手首を掴んで、ずんずんと歩き出す。
「こっちきてください!」
副社長はそのまま柱の陰についてきた。
そこまで来た時、私は思わず、
「何考えてんですか!」
と叫ぶ。私が心底怒っているにもかかわらず、副社長は、
「やっぱりそうだ」
と笑った。
「え?」
「総務ではおとなしく地味にやってるみたいだけど、そっちの方がいいと思うよ?」
おとなしくやってるってなんでわかった! というか副社長にそれ、絶対関係ない。
「いいんです! そのままで! どうせ私は性格も見た目も悪いんです!」
私は言う。
「そんなこと言ってないでしょ」
(この子、自己肯定感、低いなぁ)
私は思わず副社長をぎろりとにらんだ。自己肯定感って何。私はそんなの一度も持ったことない。あんたたち変態のせいで。なのに副社長はそんなことも気にせず続ける。
「そういえば、真も心配していたよ」
「へ」
「やっぱりブラジャーのサイズ合ってないって」
「あほか! あの弟! セクハラ専務、最低!」
―――もう! 最低! 何この兄弟!
私が涙目になっているというのに、ははは、と副社長は笑う。何が楽しいんだ!
そして副社長は言った。
「気にしてるんだよ。あいつ、もともと下着会社にいたからね」
「え?」
「エチュールってとこ」
「あ…知ってます」
もちろん知ってる。かわいい下着ばかりでいつも眺めてた。いつか、私もあんな下着付けてみたい。でも絶対無理な話なんだけど…。
「そうだよね。結構有名だもんね」
副社長は言う。
「それがどうして、この会社に…って、社長のご子息でしたよね」
聞いたところによると、この双子セクハラ兄弟は、社長の息子なのだ。そういうと、副社長は突然、おとなしくなって、
「…うん、そうだね」
(真は下着のデザイン、大好きだったのにな。夢を持ってるやつにとって、大会社のご子息なんて、いいことのほうが少ないんだ)
と言ったのだった。
「…」
―――あぁ、聞かなきゃよかった。
別に、変態の意外な過去なんかにほだされたいわけじゃない。私は自分の手をぎゅっと握る。
最初のコメントを投稿しよう!