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「っていうか、もうこうやって、私のとこにやってこないでください」
「なんで? ご近所さんなのに?」
「なんでって…」
「理由言えないでしょ。いいじゃん」
(僕は楽しいし)
そう言って副社長は笑う。
なんだろう、この副社長。何が楽しいのよ…。こんな人間には、もう関わりたくない。
そう思ったとき、
「副社長ぅ~!」
とかわいい声がして、振り向くと、そこには姫野さんが走ってきていた。走り方もかわいい。
「ほら、彼女がやってきましたよ」
―――あなたの好きなMっ子が。
私は思わず心の中で毒を吐く。なのに、副社長は先ほどまで見せていた楽しそうな笑顔を、ふっと凍り付かせたと思ったら、
「なに? 姫野さん」
と聞いたこともないくらい冷たい声で言う。…え。なにこれ、声が冷たい。あなたたち一応、昨日、あれやこれや好きなことしたんでしょうに…。
その様子に姫野さんも驚いて足を引く。
「え…あ、あのぅ、一緒に帰りませんか」
「君と僕に何か特別な関係があった?」
「っ!」
姫野さんが言葉に詰まる。っていうか、付き合うとかそういうわけじゃなく、そういうことしたの!? こわい、こわすぎる! おとなって最低!
しかし、姫野さんはそんな副社長に負けじと、
「じゃ、じゃあ、津倉さんは副社長と何か関係あるんですか!」
と言い出した。
―――急になんで私を巻き込んだ!?
驚く私をしり目に、副社長は、
「うーん」
(あぁ、めんどくさいタイプの子だったか。失敗した)
と言う。
―――おい、お前。中身もやっぱり最低な人間だな!
そう思った瞬間、私の手が引かれて、副社長にすっぽりと抱きしめられた。
「ごめんね、今、津倉さんに夢中なんだ」
「えぇえええええええ!」
「ひぃいいいいいいい!」
順に、姫野さん、私。
ってか、何言いだした!?
上を向いてみたが、ちょうど抱きしめられて表情が見えない!
こいつ、マジ何考えてんだ!
「『なにそれ。ひどい! なんでこんな子っ』」
姫野さんは、驚きすぎて、心の声がそのまま出ちゃってる。わかる、わかるよ、その気持ち…!
なのに副社長は、本当に怒ったように、
「好きな人のこと、悪く言われるのは、腹が立つよ」
と言ったのだった。
―――おい! いつそうなった! どこでそうなった!
私がその拘束から逃れようとぞもぞとしている間に、姫野さんは耐え切れずその場を走り去った。
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