1章:ファーストコンタクト

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次の日の朝。私はマンションのホールで、見てはいけないものを見てしまった。気のせい、絶対気のせいだ。目を合わせたら現実になりそうで、私は目をそらして、一番遠い場所を通り過ぎようとする。 その時、 「おはよう。待ってたよ」 と声が聞こえて、突然近づいてきたその男に腕を掴まれた。 その男を見上げると、いつも通り、その顔には、品行方正な王子様、というような能面がくっついている副社長がそこにいた。 「ひっ! なんで!」 「うち、この最上階」 ―――これが高級マンションの弊害! 「な、な、な、なんで私がここにいるってわかったんですか」 「社員名簿って知ってる? 今デジタル化してるから、役員以上はいつでも見れるんだよね。チェックしてみたら驚いた。同じマンションだったんだね。もしかして、お嬢様とか?」 「ぜ、全然違います!」  普通の一般ピープル。家賃は、自分の収入のほとんど。食費を切り詰め、最低限スマホは持っているが、その他の雑費は0に近い。なんなら超絶ビンボー。ちなみに昨日の飲み会はおごりだったので、その点だけは助かった。 「えっと、津倉さんは2階の203なんだよね。覚えておくよ。何か困ったことがあったら言ってね?」 と副社長は笑った。 ―――今、非常に困ってます。 そうは思うが、言葉にはできない。ほんとどうしよう、引っ越したい。いますぐ引っ越したい。でも、すっごい値段の礼金と敷金払って引っ越してしまったじゃないか! 私はそう思って、思わず涙目になる。 なんで私だけこんな目に遭うの? どれだけ前世に悪いことしたの…。これまでのことが走馬灯のようによみがえってきたのだ。 私の人生、あの占い師が言うように男難つづきだった。自衛するために、やれるだけのことはした。いや、考えうる以上のことをした。それでも、油断するとこのザマだ…。 セキュリティ性を重視した賃貸のせいでお金もない。かわいい服だって、化粧品だって買えない。買っても使えない。 本当は髪も伸ばしたい、こんなダサい眼鏡なんてかけたくない。スカートも履きたいし、ヒールだって憧れる。女子たちが普通に好きな人ができ、恋愛トークで盛り上がりピンク色に華やいでいる中、私だけすべて灰色だった。 変態でない男がいるということももちろん知っていた。でも、私は変態を寄せ付ける体質だ。そんな変態たちのせいで、私は『女子らしい生活』から無縁の生活を送らねばならなくなった。どうして、私だけがこんな目に…。 私はぎゅう、と唇を噛む。やだ、やっぱり泣きそう。そしてキっと副社長を見やると、 「すみません、急ぎますので」 と言って踵を返す。 「まって」 (こんなに嫌がられたのはハジメテだ) そう言って掴まれる腕。 「ひっ!」 「せっかくだから送っていくよ?」 端正な顔が目の前に来たと思ったら、耳元でささやかれる。顔が見えないので、真意はわからない。でも間違いなく、本来なら恋が始まるシーンだ。特に今、顔が見えない。だから心も読めない。  さすがにかっこいいイケメンにこういう事をされれば、私だって多少は心動かされる…と思ったとたん、副社長の顔が目の前にきて微笑む。 (あれ、この子、思ったより腕が細いな。こういう腕を縛るの興奮するよねぇ) 読みたくなかったのに、顔を見てしまって心を読んでしまった。ひぇっ! と声が出そうになるのをすんでのところで抑えた。 ―――それだけは絶対にお断りだ! 「結構です!」 色々な意味でお断りです! SはMと元気に二人でやることやってください。私はSでもMでもありません! そして、お願いします、離してください。そう願っているのに、 「遠慮しないで」 (逃がさないよ) ―――怖いわ! もう心の中が聞こえて、どこのホラーだと思うのだけど、見た目は完全に品行方正な優しい副社長様。これ以上、騒ぐと、私だけが『意識しすぎのイタイ女』ということになってしまう。くそう、なんか悔しい。 「ね? 会社に送るだけだから、一緒に行こう。一応、上司命令」 (まぁ…さすがに今日は手を出せないなぁ) ノーと言う返事はさせないような口調でそう言われて、心の中も大丈夫そうだと思ったので…私はそれに頷いた。
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