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モノトーンの私の世界に虹が明滅したよ。 何度も何度も、いつもね。
Photo by Takamichi Ueno
私は、まだ、あなたにいてもらいたかったよ。
あなたは青空を追いかけて、地球の隅っこまで行っちゃった。
そのうち、別な色の空に目移りして、乗り換えて戻ってくるだろうくらいにしか考えていなかった。
あなたが月の裏側へ行ってしまうだなんて
誰にも予測ができないことだった。
あなたが、うっかり星空と間違えて私に近づいて来た33年前が、そもそもの始まりだったものね。
モノトーンだけの無機質な私の本当の姿を見せてしまって驚かせてしまったね。
あなたの笑顔や明るい声がどれほど大切なものだったかわかってくれるかな?
どれほど貴重だったかってことわかってくれるかな?
モノトーンだけの私の世界に虹が明滅したよ。
何度も何度も、いつも、いつもね。
私達が知り合って5年が過ぎた頃
あなたは周囲の反対を押し切って人生の大きな決断をした。
私だけが、他の人と違う考えだったって静かな声で言ったね。
理は通じるもんだなって、ほっとした。
だから、終いには大丈夫なんじゃないかと思ってた。
私の考えは貧しすぎた。
あなたと私の間に大きな時差が生じていたことを
私は、まったく察知する事が出来なかった。
何度も何度も警告したつもりだった。
この度の青空は嫌な予感がするって
だけれど、あなたはすっかり、その中心に腰を降ろして
自分が座っている椅子とそこから見上げる青空に
仕掛けがあるなんてことは
想像することすら、出来なくなってしまっていたんだね。
あなたが月の裏側へ行ってしまうだなんて
誰にも予測ができないことだった。
あなたは最後の方には感づいていたでしょう?
雲がひとつもない青い空をおかしいと思い始めてたでしょう?
聞こえない筈の悲鳴を受話器ごしに私は聞いたよ。
私は、あなたを取り返す努力をひとつもしなかった。
制御不能。
あなたは仲間と共に高速道路を時速137キロで走ってた。
ドアを開けて降りるわけにもいかないね。
せめても減速することが出来ればよかったよね。
ところが、ドライバーは急ブレーキを踏んだ。
嫌な予感が的中した。
あなたの体はフロントガラスを突き破って空中に飛びだしてしまった。
時速137キロのスピードのまま。
全身の打撲と擦り剝けた皮膚をひた隠しにして
すっかり、折れてしまった心に蓋をして
あなたは、何事もなかったようなふりをして
あたかも、まだ、青空の下にいるようにふるまった。
あんな大事故をなかったことにしてしまった。
そうするしかないことを私は熟知していた。
そこに大きな歪が生じてしまうことも解っていた。
けれど、その時の私は、時差ボケしている自覚をまったく持ち合わせていなかった。
私は、あなたを救済する試みをひとつもしなかった。
月の裏側へ行って、少しは頭が休まった?
少しは、心が穏やかになった?
そうあって欲しいと私は願っている。
あなたの明るい声が響かない空間はとても寒い
あなたの笑顔が映らない鏡はとても冷たい
けれども、ここに留まっていたら、傷は何度も何度も化膿して
血や膿が噴出して苦しむばかりになっちゃうものね。
月の裏側へ行って、少しは頭が休まった?
少しは、心が穏やかになった?
そうあって欲しいと私は願っている。
心の奥底から願っている。
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