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落としたっけ?
「なんだこれ」
俺は出勤途中であるものを見つけた。ビルのドアノブにかけられていたのは、ハンガーにかけられたスーツのジャケット。どうもそのスーツに見覚えがあった。
「自分のと似ている」
道理で寒いと思った。俺はジャケットを着ていない。そういえば昨日飲み歩きした時はジャケットを着ていたはずだ。それなのに今は着ていない。
「落としたのか」
それなら納得だ。心優しい誰かが拾ってご丁寧にハンガーにかけてくれた。なんて優しい世界なんだろう。数日前に財布を拾った時、交番へ届けたことが良かったのかもしれない。いいことはするものだな、とハンガーを手に取る。すると、チリン、チリンと鈴の音が鳴った。
「なんだ?」
どうやらハンガーに小さな鈴がついていた。罠のような細工に俺はハンガーをドアノブにかけ直す。めんどうなことに関わる前にその場から立ち去ろうとした。ジャケットはまた買い直せばいい。
「あーよかった。このジャケットの持ち主と会いたかったんだよな」
行く手を阻んだのは、見知らぬ男。ビル影に隠れていたのか、ひょっこりと姿を現した。
「はい?」
男はニコニコしながら俺に近づいてくる。その不敵な笑みに恐怖を感じた。
「ちょっと、お話しませんか?」
男は俺のジャケットを手に持った。別にそこまでジャケットに執着がないが、中のポケットには何かを入れていたのかもしれない、と冷静になってしまう。まぁ。酔った後の記憶ほど頼りないが。
「いやいや、待ってくれ。俺はいったい何をやらかしたんだ?!」
そう、男に問いかけても男はニコニコするだけで何も言わない。引きづられるようにして俺は男に連行された。
(おわり)
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