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初めての共同作業
私たちの関係が逆転してしまってから久しい。
悟は何をするにも億劫になってしまい、家事は不慣れな私がやるようになり始めていた。
私が悟に任せていた時は、できる人が好きな時にやれば良いんでしょ、と無責任なことを考えていた。
一方で、彼は重く受け止めていた。当たり前のことができなくなってきている苛立ちを覚えると同時に、私に対して罪悪感を抱いている。
なるべく包丁を使いたくない私が、とりあえずなんでも手でちぎって、鍋に放り込んで煮ようとしているのを、横から眺めている。
そんな無様な夕飯が出来上がっていくのを近くで見ても、体が思うように動かないらしい。
「俺がいなければ、1人分で良いのにね」
「そんな言い方しないの」
まるでハイライト集か総集編を観ているようである。聞き覚えのある台詞が口から自然と溢れてくる。
「美穂の苦しみが今なら分かる気がする」
「うん」
「正直、理解できなかった。自信持てば良いのにって簡単に考えてたんだ」
私に背中から抱きつくと、顎をだるそうに肩にのせた。
精神力と共に体力が落ちてきているのだろう。立っているのだけでも辛いのだ。
「ごめんね、美穂」
謝るのは私の方なのに。
だけど、言ってしまって良いのか分からない。
謝罪したら済むという話では無いような気がしている。
ついつい焦って、話題を変えてしまう。
「明日は通院もあるし、会社出られそう?」
珍しく黙り込んでいる。
以前の罰が悪い時の私みたいだ。
「診察は受けた方がいいよ。そろそろお薬も無くなっちゃう」
「この家から出たら、恐ろしいことでいっぱいなんだ」
最近は、いけ好かない笑顔も見せることはなくなり社内でも心配されていた。
周囲は鬼嫁と一緒にいなきゃいけないから疲れているんだろう、と私に言ってきた。優しくしてやったらどうだ、と。
「仕事をお休みして、私も一緒に主治医の話を聞こうかな」
「本当に?」
久しぶりに顔に赤みが差している。
「夫婦で何かするのが病院行くことなんて、なんか切ないけど、嬉しい」
『どうせ私なんて』に『どうせ俺なんて』が重なり合うようになってしまった。
お互いがお互いに成り代わるようにして、私たちは夫婦として機能し始めた。
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