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私を管理する夫
「ただいまー」
夫が帰宅した音がする。
「また寝てるのー?夜寝られなくなるよ」
私がいる寝室のドアを開けて、私の隣に腰掛けて、耳元に囁いてくる。うるさいなぁ。
「ほっといてほしいの」
「具合悪い?」
「だからほっといて」
「食事はとれてる?」
「だから! 話しかけないで」
少し間を置いて布団の上から腰をトントンと叩いて、分かったよとでも言いたげだ。静かにドアを閉めて出て行った。
どうして、好きでもない人に優しくするわけ。放っておけば良いのに。善人ぶりたいの?
帰ってきたけれど干渉してこないという安堵感に包まれ、本当に眠くなってきた。今日は悟のことばかり考えて、ゆっくりできやしなかった。
「美穂。水分補給しよ。声が枯れてきてる」
いつ戻ってきたのよ。
蚊の鳴くような声なのがムカムカしてくる。ペットボトルのキャップを開ける音がする。
突然、瞼から感じていた僅かな光が遮断され、暖かい指先できゅっと鼻を摘まれた。驚く間もなく、無理やり口を塞がれて温さを感じる液体を流し込まれた。
ーーーいやっ、息がっ
反射的に夫の肩を押しのけようとする。
ごくっ
派手に自分の中に喉元から発生した音が響いた。それと同時にゆっくりと相手が離れていく。
「荒技だったけど、こうでもしないと断固として飲まないでしょ」
口の端に少しついたのを指で拭ってくる。
「こういうのが嫌なら、きちんと自己管理をすること。自身を置き去りにするのはやめて」
悟には珍しい命令口調だ。怖くなってしまって返す言葉が浮かんでこない。
そのまま彼は布団に包まった私ごと抱き込んで寝てしまった。いつもながら平熱が高くてのぼせてしまう。質量を感じているうちに視界がぼやけた。
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