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片想いする夫
「これじゃどっちが世話を焼いてるか分かんないね」
夫は苦笑しながら、髪を洗われている。洗っているのはもちろん私である。
「私、今日はお休みで、何もしてないからこれくらいの労働はしないと」
「美穂、真面目だね」
困ったような笑い方を続けている。
体温が高い悟は、行為が終わると決まって汗だくである。それなのに、今日はこのまま眠りたいと駄々を捏ね始めたので、そんなベタベタじゃ私が寝られないからと無理やり一緒にお風呂に入っている。
「一緒にお風呂なんて、結婚してから初めてな気がするなぁ」
「そうだっけ」
子どもみたいに嬉しそうに笑い始めた。情緒不安定なんだろうか。
「惚れた弱みとは言え、好きなのは俺の方ばっかりなのかなって思うと、時々どうしても辛くなるよ」
何を言う。
「自分を偽るのをやめればいいんじゃないの。別れるのもあなた次第なのに」
「またそんなこと言うー。でもさ、俺が一緒にいたいならずぅーっと側にいていいんだよね?」
好きにすればいい。
「返事がないってことはOKだと受け取るからね」
髪を洗っている私の手を掴んだと思ったら引っ張り、顔と顔が近づいた。
「愛してる。やっぱり思い過ごしだったかな。十分愛されてる」
また涙をこぼしている。さすがに人として心配になる。
「急に泣き始めたりして、最近ちょっと変だよ。本命にでも振られたの?」
「振られるかと思って泣いてるんだよ。いつ好きになってくれるんだろうって不安でいっぱいで押しつぶされそうなんだよ」
「本当に好きな人なら、自分が好きだって想う気持ちを大事にしたらいいじゃない」
私なんか捨ててさ。
「美穂に言われたくなーい。でも、愛されたいんだよね?」
「そうだね。愛してくれる人がいるなら、それは奇跡だと思うから」
「奇跡はとても近くにあるよ。いつでも起こってて、煌めいてる」
「ん? なにそれ? なんかの映画の宣伝?」
「全米が泣いたってこと? ううん、俺たちの日常」
夫はけらけらと笑っている。何がおかしいんだろう。
嫌い。
私なんて消えてしまえ。
私を好きだというあなたも嫌い。目の前からいなくなればいい。
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