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渇望する夫
「単刀直入に言うけどいいかな」
夫がそわそわしながら擦り寄ってくる。髪の毛も乾かし終わって、さあ寝ようかと言う時分。
「お伺いを立ててる時点ではっきり言えてないんじゃない」
「確かにそうだ」
布団の中でごそごそと私のことを抱きしめる。
「そろそろ俺たちの子ども欲しいなぁって。美穂の気持ち聞かせて」
体からさーっと血の気が引いていくのが分かる。
「ごめん。驚かせた?大丈夫?」
私の震えだした手を熱い手が握ってくる。触れられた皮膚に燃えるような熱を感じるのは自分の手が冷たいからだろうか。
「仕事も頑張ってる時期なのは分かってる。でもさ、俺も出来る限り当事者として出来ることはしたいって思ってる。反対されるかもしれないけど、家族の為なら転職だってしても良いと思ってるし」
震えが止まらない。
「不安にならなくても、俺は家事全般できるし、弟や妹の面倒もみてきたから、役に立つと思う」
そんなことが聞きたいんじゃない。
「そんなことしたら、簡単には別れられないよ」
思いの外、ヒステリックな声音になった。
「そんなの、結婚を決めた時から命が尽きたって付きまとってやろうって思ってるよ」
「なんでそんな言い方するの」
怖い。怒っているのか脅されているのか分からないような言い方をされている。
「産後、精神的に不安定になる人もいるとは聞くけど、女性は子どもを産むと母親の脳に変化して、精神的に強くなるって聞いたことがある」
いやだ。怖い。何も聞きたくない。
「美穂にかかった悪い魔法が解けるなら、俺は悪魔に魂を売ったって良い」
うるさい。
「煩い。ほんとに煩い。嘘ばっかり、悟なんて嫌いだから。消えて!」
「久しぶりに名前を呼んだと思ったらそれかよ」
強引に後頭部を捕まえられ、唇を唇で塞がれる。生理的なのかなんなのか、涙が止まらない。
夫が何を考えているのか、私には分からない。
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