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おあずけする夫
吸い寄せられるように目の前の唇に己のそれを重ね合わせようとすると、近づこうとした分だけ距離ができる。
「え、やだ」
「どう、欲しい時に手に入らない男の味は」
「味わえてない」
なんとも苦そうに顔を背けられた。
「精神的な話をしているのに、唯物的だなぁ」
何を言いたいのかいまいち分からないが、馬鹿にされていることは何となくわかる。
「ねぇ、昨日の夜から何回してると思ってるの。好きでもない人間に貪りつかないといけないくらい飢えてるの?」
「なっ」
「嫌いなんでしょ。嫌いなのに、言葉にのせられて繋がっちゃダメでしょ」
目を逸らしたまま体を離し、キッチンの方へ戻っていく。
「子どもがほしくない、それなのに傷ついた心を慰めるために他者との境界が曖昧になるなんてなぁ」
苛立っているのが伝わってくる。包丁がまな板と当たる度に大きな音が響いている。そんなに力を込めなくても食材は細かくカットされていくのに。
「俺がさ、何のために避妊してると思ってるのかな」
小さくなっていっているであろう人参を想像していたら、急に目線がこちらに向いた。
「もしかして、寂しかったら誰とでも寝るの?」
責めるような言い方をする。
違う、私はそんなんじゃない。
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