一知半解(いっちはんかい)

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一知半解(いっちはんかい)

「先輩、何してるんですか?」  会社の休憩室を覗けば電気もつけずに先輩が座っていた。びっくりして思わず声をかけた。 先輩は何も言わずに私の顔を見る。 「何してるんですかって見りゃ分かるだろ? 休憩中だよ」 「それは分かりますけど。電気ぐらいつけたらいいのに」  そう言って私は電気をつけた。先輩は椅子に座って スマホをいじっている。私は自販機でコーヒーを買い、先輩のところに行く。テーブルの上にはペットボトルのオレンジジュースが置いてある。どちらかというとブラックのコーヒーが似合う先輩。先輩にしては可愛い物を飲んでるなと思いながらも目の前に座った。 「何、似合わないって言いたいの?」 「別にそんなこと……」  先輩はなぜ私の考えてることが分かるのだろう。いつも言い当てられて悔しい。 「お前が分かりやす過ぎるからだ」  そんなの誰でも分かるとまた私の考えていることを読み取る。本当に超能力か何かだろうか。 「顔ですか?」 「まぁ顔もそうだし、色々と」 「色々って……」 「だってさっきお前オレンジジュースガン見してたし。絶対バカにしただろ」 「してませんって!」 「これ美味しいんだから、飲む?」  そう言って先輩は飲んでいるオレンジジュースを差し出す。 「別にいいです!」  慌てて私が断れば少し残念そうにそうと言う。 「美味いのにもったいない」  先輩は差し出したオレンジジュースをそのまま自分の口へと進めた。  先輩、それ間接キスですよ? 気づいてますか? なんて言えるはずもなく、私は目線を窓の外に向けた。  私の考えていることは分かるのに何故そんなところは分からないのだろう? わざとなの? それとも本気? やっぱり先輩が考えていることは分からない。 「これから顔に出さないようにします」  先輩に言い当てられてばかりで悔しいからそう言うと出来るの? なんて完全にバカにされた。でもここで怒ったら負けだ。私は何事もなかったように先輩がここにいるの珍しいですねなんて話を変えた。 「うん。たまたま時間あったから」 「最近忙しいですからね」  私はさっき買ったコーヒーを開けてちまちまと飲む。 「何それ」 「コーヒーですよ」 「へぇ」  聞いといてその反応? とちょっとムッとしたけど 顔に出したらまた怒るなと言われるなと我慢した。 「そんなの初めて見た」 「新商品みたいで美味しそうだなと思って買ってみたんです」 「ふ一ん」  聞いて来たのにやっぱりそこまで興味はないようでそう言ってまたオレンジジュースを飲む先輩。いつもオレンジジュース飲んでるからコーヒーなんて興味ないんじゃないの? と思いながら先輩を横目でちらっと見る。 「それ美味しいの?」 「美味しいですよ」  まだコーヒーの話が続くとは思っていなくて焦ってそう答えた。正直先輩と喋るのに必死で味なんて分からない。  私はコーヒーを机の上に置いた。 「これから少し忙しくなりそうですけど頑張りましょうね」  そう言って話を逸らした。やっとコーヒーの話からおさらば出来そうだ。 「誰かさんが足引っ張らなければいいけど」 「誰かさんって誰ですか」 「はいはい。そんな怒るなって」 「……怒ってません」  まずい。気を抜いていたらまた先輩に心を読まれている。私は自分の顔を触って無表情を心がける。そんな私を見て先輩はフッと鼻で笑っている。  私だって先輩に比べたらまだまだだけど後輩も出来てちゃんと仕事も出来るようになっている。 「私だってもう一人前ですから」 「一人前?」 「笑わないでください」 「……笑ってないって」 「ほら笑ってる!」  そう言うと先輩は私のコーヒーを手にとってそのままグビッと飲んだ。 「うん。確かにうまいかも」  それ、間接キス! なんで普通にいれるの! こんなに動揺してるの私だけ?  あまりにもいきなりの行動に何を言ったらいいか分からず私はその場で動けなかった。 「何その顔」  誰でもあんなことされたらこうなるだろう。普通なのは先輩ぐらいだろう。色々文句も言いたいのに全然言葉にならない。 「あれ? 顔に出さないってあれだけ言ってたのに顔真っ赤ですけど」  しまったと慌てて顔を隠すけど時すでに遅し。 「まだまだだな」  そう言って先輩は私の頭に手を置いてそのまま歩いて行ってしまった。 「……私のこと分かるくせになんで分からないの」  私は先輩が口を付けたコーヒーを見ながら佇むことしかできなかった。
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