出会い

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出会い

高校生活もうすぐ二年目終盤、まだ時折吐息が白い三月。  俺は出会った。 平凡だった色抜けた日常に光が生まれるほどの、世界を変えた人。 高校からの帰り道、駅前の駐輪場でいつものように停めていた自転車の鍵を回す。   さて、今日の特売の店は... なんてまるで主婦のように思いながらハンドルを引く。 学生と自転車の草原からコンクリートの道に出た瞬間、思いがけない衝動に自転車が傾いた。 「おっ」 と声を上げる頃には派手な音を立てそれは倒れた。背後から前触れもなく突っ込んできた女性は自転車と並んで道端に膝をついている。 「おいおい、大丈夫か?」 肩で呼吸をする女性に声をかけつつ、 カゴから落ちた自分の荷物はさておき、 女性が落としたであろう財布に手を伸ばす。 長い黒髪の女性は私服ではあるが同じ歳程の顔つきで、同じ様に財布に手を伸ばした。 ━━━━━━━その手には黒い手袋。 同時に財布に指が触れると、女性は慌てて 手を引いて立ち上がり、近くに落ちていたオレの財布を... 「待った!それ俺の」 聞こえない程に慌てているのか 財布を拾うと一目散に駆け出した。 「.....。」 突然のことで声を荒げる事も出来ずに呆然とする。女性は全く気づく気配もなく人波に姿を消した。   嘘だろ 思わずうなだれる。 一週間分の食費が... 果てしなく落ち込む事すら、背後の自転車による渋滞に止められた。 どうする。とりあえず交番に届けるか? 人の流れを塞がぬように道端に自転車を停め、拾った財布を見る。 「いたか?」 顔を上げるとスーツ姿の男が数人集まってひそひそと話している。 「いや、..こっちに逃げたと思うんだが」 「まだ遠くには行ってないはずだ。 駅からも連絡は」 そう言いかけ、男の一人が耳元に手をあてる。一緒にいた男達も同じ仕草をすると駅 目掛けて駆けていった。 怪しげな集団を見送ると我に返り財布を開けてみた。 めっちゃ金持ちだな、羨ましいぞコラ ところ狭しに並ぶ福沢諭吉の集団に少し腹が立ちながら身元が分かりそうな物がないか探した。   カードが一枚だけ。 ポイントカードでも、保険証でもなく、 IDカードのような物が一枚。 顔写真がさっきの女性。 会社だろうか?住所が割りと近くだったので届けることにした。 ツイてない。でも今晩のメシがかかってる。 さっさと返して、食費を取り返さなければ 勇み足で清水(しみず)仙寺(せんじ)は自転車をこぎ始めた。
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