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静かに、音もなく倒れる男の影。 私の頭を抱いていた手はするりと落ちて、 まるで最後の一葉のように床へと波紋を広げる。 何か言おうとして口を開くが声がでない。 体か小刻みに震え、視点が定まらない。 「...おいっ!」 様子がおかしいことを悟った仙寺が肩を掴むと仄はその場に崩れるように座り込んだ。        息が 出来ない 「はっ...はっ..」 いうことを利かない体。 もがくように胸元を掴んだ。 「仄ちゃん」 硯が駆け寄り仄の肩を掴む。 「落ち着いて。ゆっくり吐いて、ゆっくり」 「...っ..」 苦しそうに目に涙を溜めながら仄は呼吸しようともがく。 「大丈夫、もう怖くない」 仄を落ち着かせようと硯は仄の肩を抱き、ゆっくりと言ってきかせる。 「大丈夫だ、..大丈夫」 荒い呼吸の合間を縫うように仄は 質問に答えた。    「..お父さ.ん..」 一瞬、自分の耳を疑って、胸元の少女を見た。苦しそうにもがく少女は暫くして眠りについた。 窓の下に置かれたソファ、そこで眠っている仄に毛布を掛ける。涙の痕が痛々しく頬を伝っている。首元から革ひもで結んでいる鍵が見えた。 「....なんであんなこと聞いた」 激しい怒りが湧いてきて仙寺はテーブル席にいる硯に振り向いた。 「知っておかなきゃいけないことだろ」 「だからってあんなやり方」 「オレは間違ってないと思うよ」 イヤホンを外して祠は言った。 兄を挟み、自分と向かい合うように置かれたソファに静かに眠っている仄を見つめる。 「相手の事、何も分かってないのに 守ってあげるなんて無理でしょ。 仄さんも一人で背負うには重すぎるだろうし...。 仙兄は優しさだけで人が救えるって思ってるわけ?中途半端な思いやりっていらないっしょ、無責任。」 きっぱりと言いきる弟に返す言葉も無く口を閉ざす。 「可哀想なんて、同情じゃなくて見下してるだけだよ」 そこまで言われ、仙寺は何も言えずに自分の部屋へ踵を返していった。 階段を上がる足音はやり場の無い感情を踏みつけているようだった。 「...子供か」 そう呟く祠の背中を  君の方がだいぶ年下のはずなんだけどな  と苦笑して硯は見つめた。 「おれはいいよ」 指を組んで頭上に腕を伸ばす。 「じいちゃんの恩人だし、一緒住んでも」 そう言いソファに倒れ込むと背後の硯の顔を見上げる。 「....嫌な役回りだね」 その言葉に硯は静かに微笑んだ。 立ち上がり、携帯を取り出すと歩きながら壁掛けに掛かった車の鍵を取る。 「出かけるの?」 「ああ...すぐ戻る」 「じゃあ吉牛 汁少なめ 具多めで」 「太るぞ」 「脳みそがカロリー消費してるから大丈夫だよ」 「分かった、分かった」 末っ子のわがままに笑いながら電話をかける。数回コール後に人の声。 「高木か?こんな時間に悪い..ああ..」 誰かと話ながら出ていく長兄を祠はひらひら手を振り見送った。 欠伸を噛み殺しながらもう一度背伸びをする。 さあ、吉牛来るまでは起きてなきゃな 向かい側に眠る痛々しい女性に一度笑いかけると祠は目の前にある問題集を開いた。
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