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「あんた、仏師として高野山になんで残ってへんの?」
条介は高野聖として遊行しているのを不思議に思った。これほどの腕があるなら、いくらでも仕事はあるだろうにと。
「……俺は仏を彫れていないちゃあよ」
「仏……?」
「ああ。"人" になってしまっとる。生きた人の姿は、仏とは程遠いもんやけ」
高野聖はため息をついて、うつむいた。
「じゃあ、人を彫ったらいいんちゃうの?」
「……え?」
高野聖が顔を上げると、シマオと目が合った。
「仏さんて俺は怖くて。うっすら覚えてるねんけど、小さい頃に仏像を見た事があって、怖くて怖くて……」
シマオが真面目な顔付きで話し出した。
「……そのせいで、お寺には行かんねん」
「なんやそえ」
高野聖は思わず笑った。
「明王でも見たんけ? 確かに小さい子には怖かろうよ!」
「そんなに笑わんでも! でもほんまに……あんな怖いもん彫らんでも、ほら、偉い高野聖もいるんちゃうん。そういう人の姿を彫ったら?」
高野聖はぴたりと笑うのをやめた。
「……偉い聖…… "人" を彫る……」
シマオは高野聖の目を見ながら、頷いた。
「俺は怖くて寺に行かへんくらいやからよう知らんけど……高野山なら、立派な僧もたくさんいてはるやろと思って」
「……ほんまや。 "人" を彫ったら……」
高野聖は、とても単純だけど、自分には浮かばなかった未来を、ぽんと渡された感じに包まれた。
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