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「俺の名は鞠日土。丈のある方は条介やな。お前はえっと……なんやった?」
栗を手にした高野聖は、名を明かした。
いつの間にか、その口は "への字" ではなくなっていた。
「"マリヒト"? 俺はシマオ……」
「シマオか。俺が摂津に行ったら、武庫山に連れもて行こら」
「武庫山に一緒に行くってこと? なんで?」
「なんか気に入っちゃあよ」
山を気に入っているのか、自分を気に入ったのかシマオはよく分からなかったが、また会えるのかと思うとなぜか嬉しかった。
鞠日土は笑いながら、衣の裾をぱんぱんと叩いてその場を離れようとした。その時、袖からぽとりと何かが落ちた。
「おいおい、また何か落としたで……うわッ」
「げ、何それ……気味わる……」
そこには骨と皮だけの魚なのか獣なのかよく分からない、干からびた茶色の小さな何かが落ちていた。
「……それ食いもんか?」
「いや、これは食えんちゃあ。“人魚“ って知っちゃるけ? ほんま珍しい生き物の干物でよ。見せて話すと物もらえるよし」
鞠日土はそれを拾って手に乗せると、痩せてカラカラの不気味な頭を、人差し指で撫で撫でした。
「あ、あやし過ぎるやろ……」
二人は思わず、声を合わせてそう言った。
「人騒がせな落としもんばっかりすんなや……」
お社の前に落ちていた、生きているような小さな首を思い出してシマオと条介は呆れた。
「また大事なもん落とすとこやった。気いつけちゃるよ。これはおもしゃいで人を集めるからよ」
高野聖の鞠日土は屈託なく笑いながら、手を振った。
「……腕は確かやけど、落としものに癖あり過ぎるで」
「ほんまやな。でもあの小さい首のおかげで会えてんな」
シマオは鞠日土を見送りながら木偶人形の顔の事を思い、嬉しそうに微笑んだ。
「栗ももらえたしな。よし、日が暮れる前に俺らも次行こか!」
二人は顔を見合わせて、思わず笑った。
*
“えびすかき” は福の神を伝える神のお使い。
肩から下げた四角い木箱に、福の神を隠した神のお使い。
村から村へ、町から町へ。
雨の日も風の日も。
山越え谷越え、笑顔を咲かす福の神を伝える使いが “えびすかき”
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