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「やあ、僕だよ。開けて」
二回目のインターフォンを鳴らし、またドアを開けてもらう。
「待ってたわ」と向かい入れてくれた彼女のハグし、キスをする。お昼のトマトスパゲティはすでに用意されているらしく、リビングからいい匂いが漂ってきた。お土産を渡し上がろうとすると、彼女が怪訝な顔をしているのに気が付いた。
「ねえ、あなたちょっと、臭いわよ?」
軽くショックを受けた。
「なんというか、シャツから変な臭いがしてる」
「生臭いかな?」
「……あなた昨日魚でもおろしたの? そうじゃなくて生乾きの匂いかな」
このシャツは昨日洗ったばかりだ。だが、その近くをずっと龍が飛んでいたので臭いが移ったかと思ったが、違ったらしい。龍は見た目こそ爬虫類そのものだが、無臭だ。
「洗濯物が乾きにくいから」
「お風呂場で干してる? あなたの家、あそこくらいしか乾かせる場所がないでしょ」
「ここ一か月くらいできてないなあ」
リビングに用意されているスパゲティの、少し多いほうが僕の分だ。さっきよそったのか、まだ湯気が立ち上っていた。途端にお腹が空いてくる。
「食べていい? 朝ごはん食べてないんだ」
「どうぞ。朝ごはんくらい食べればいいのに」
「パンを買ってたんだけど、黴が生えてたんだ」
スパゲティはすばらしく美味しかった。茹で加減ももちろんだが、トマトの酸味がしっかり生きている。僕はいつも缶詰のものしか使わないが、これは生野菜のものを使っているのだろう。バジルの香りも効いている。味付けもちゃんと僕好みだ。
「変なもの食べて体調崩さないでよね。ちゃんとお風呂入って、しっかり寝ないとだめよ」
「どっちもできてないなあ。最近はずっとシャワーだし」
「忙しくて時間がないとしても、ちゃんと湯船につからないと」
「今、浴槽に龍がいるからだめだ。沸かすと怒るんだよ、あいつ」
スパゲティを運ぶ彼女の手が止まった。
「なかなか斬新な嘘で驚いたわ」
「嘘じゃないよ。一か月前から飼い始めたんだ。なかなか可愛いよ。ただ、湿気がものすごいけど」
「…………」
「パンがカビたり、洗濯物が乾きにくいのもあいつがいるからかな。そのうち、家にキノコでも生えてきそうだよ」
「……一度、病院に行ったら?」
いけない。頭がおかしくなったと思われてる。
「嘘じゃないって! これを見てよ」
携帯で撮った龍の写真を見せる。今思えば、最初からこれを送ればよかった。
龍の姿がちゃんと見えるか不安だったが、彼女の目がどんどん険しくなっていくので、見えているのだろう。
「な、なによこれッ!」
「だから龍だよ」龍を飼い始めた経緯を話す。「今日、冗談を言ったら水をかけられたよ」
「これがいるからこの雨がやまないんじゃないの!」
「かもしれないけど、まだ決まったわけじゃないよ」
「……今からあなたの家にいくわ」
「え?」
「行って、追い出すの! こんな非常識なもの、飼い続けてたらどうにかなるわ!」
「可愛いのに」
彼女は本気らしく、家を出る準備を始めた。
「ねえ、僕の家にいくのはいいんだけどさ」
「なによ、大丈夫。多少散らかってても、私は気にしないから」
「そうじゃなくて、そのスパゲティ冷めちゃうから、もらってもいい?」
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