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「……行った?」
恐る恐るといった様子で彼女が覗き込む。
「だね。白虎って言っても猫だから、柑橘系の匂いは苦手かなって思ったけど、その通りだったね。まあ、目に浴びたから、苦手じゃなくても逃げたかもしれないけど。これでしばらくは寄ってこないんじゃない」
「はあ……よかった」
へなへなと座り込む。腰が抜けたようだ。
「龍もこれで」と、僕の前を龍が通り抜けた。そのまま、窓の外へ。
一か月、ずっと出ていなかった外に、とうとう出た。
「やっぱり、あれが怖かったのか」
龍は少しの間あたりを見渡していたが、やがて、ふわふわと天に昇っていく。
おわかれみたいだ。
「もう追われるんじゃないぞー!」
昇っていた龍がピタリと止まり、かと思えば、すいと僕の元に近寄ってきた。見ると、口に何か加えている。手を出すと、そこに何か落としてきた。ひんやりと冷たいそれは、龍の鱗の一枚だった。
「……くれるの?」
龍はやっぱり答えない。ただ、じっと僕を見つめたままだった。
「ありがとう」
お礼を言うと、龍はそれっきり振り返ることなく上へ上へと昇っていく。龍が灰色の雲に触れようとした、その途端。
「あ、晴れてきた」
龍を避けるように雲が割れ、青空が見えた。久しぶりの爽やかな色だ。割れ目はどんどん大きくなり、ずっと溜まっていた陽の光が、隙間からこぼれるように地上に降り注いできた。
「いい天気だ」
鱗を光に翳すと、青かったはずの鱗は虹色に輝いてみえた。
「あげるよ、これ。とっても綺麗だよ。紐を着けて。アクセサリーにでもしたらどうかな?」
「……あなたのそういう動じないところ、私は好きよ」
ため息交じりに言われてもあまりうれしくない。
「でも、これはあなたが持ってなさい。財布の中にでもいれておきなさいよ」
僕にくれたんだからと言って彼女は受け取らなかった。確かに、龍は金運をあげるとも言われている。財布にいれるとご利益ありそうだ。
「あ、そういえば、龍がいなくなって晴れたってことは、やっぱりあいつが雨を降らせてたのかなあ」
彼女は疲れたように笑いながら、言った。
「もういいわ。そんなこと」
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