第二章 変わったお願い

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第二章 変わったお願い

二回目のデートは、三週間後だった。  僕が、部活の練習で忙しかったり。  川野さんが機能性キノコ関係で用事があったり。  中学生のくせして、予定が意外と合わない二人だった。  さて今日は、こないだと同じで、駅前のコンビニで待ち合わせだ。  相変わらず、川野さんは時間よりも大幅に早い時間に来ていたようで、十分前に着いた僕よりも先に、文庫サイズの本『魔女キノコの歴史』を読みながら待っていてくれた。 「川野さん」  僕の言葉に、顔をあげる川野さん。  久しぶりのデートだからか、川野さんは小動物のように周囲をきょろきょろしながら、恐る恐る僕に近づいた。  いじめっ子に会うわけじゃないのに……。  まだあんまり、心を開いてないのかな?  本物かどうかを確かめるような疑いの目で、じっと僕の顔を見つめる。  僕は、無抵抗にそれを受け入れた。  ようやく眼鏡の奥の瞳が、幾分やわらかくなった。  検品が終わったみたいで、偽者ではないと分かった瞬間、川野さんは勢いよく僕の手を取り、握り締める。  シャイなのか、行動力があるのか、いまいちわからない。  そこがまた良かった。 「お、お久しぶりです……」 「そんな怖がらないでよ」 「大丈夫です。……もう十分、確かめましたから」 「今日はどこに行く? キノコ狩り?」  僕は冗談のつもりで言ったつもりだった。  しかし、川野さんはバッグから例のライセンスカードを出して、真顔で答える。 「世界機能性キノコ協会では、ランクA以上でないとキノコの同定をしてはいけないことになっています」 「同定って、判別すること?」 「はい。意外と難しいんですよ、食用キノコと毒キノコを見分けるのは。図鑑を見た目だけで判断して、毒キノコを食べた死亡事故はいくつも存在しますから。本当は、顕微鏡とかで細かく調べないと、正式な同定は不可能なんです。ちなみにランクAの試験は、筆記とともに顕微鏡観察や胞子紋取得の実技試験があるんですよ」 「そっか。試験の内容にもなるぐらい難しいってことか。植物とは違って、簡単に見た目じゃ判断出来ないんだね」 「そうです。……と言いますか、そもそもキノコって、植物じゃないです」 「きのこだから、木の子ということで、樹木かな?」 「きのこの場合、生物学上は菌類ですから、微生物になります……だいぶ大きいですけど」 「なるほど。僕らと同じで生物なんだ」 「そうですね。キノコって地味で、いるんだかいないんだか、わからない感じの生き物で、私みたいだなって思いました。それで、少しずつ興味を持ち始めて、キノコの勉強をしだして、いつの間にかハマってしまったんです」  生き生きと語る川野さんのプチキノコ雑学に、すっかり聞き入ってしまった僕は、大きくうなずいた。 「……でも、そうしたらどこに行きたい?」 「もう決めてありますよ」 「あ、そう?」 「はい。気にいっている喫茶があるんです」 「へえ。川野さんお勧めか」  僕の言葉に、川野さんは急に動揺しだす。 「あ、でも。しまった……ごめんなさい!」  頭を抱えて、苦悩しだした。  短い髪を両手でわしゃわしゃする。 「え、特に大丈夫だよ?」  何の謝罪かわからないけど、とりあえず打ち消しといた。  無暗に不安がらせることはない。 「私、自分勝手な人間ですよね? 相談もなしに、一方的にデートの行き先を決めるだなんて……」  一人で勝手に、自己嫌悪に陥っているようだ……。  川野さんは、鑑賞していて飽きない人だ。 「喫茶行くだけで、いちいちそこまで考えないよ」 「品田くんは、優しいからそうおっしゃって下さるんです」 「ズボラなだけだと思うけど」 「そういう風に言って、気を遣って下さってるんですね。でも」  川野さんは、首を横に振った。 「品田くんの行きたいお店を教えて下さい」 「僕は……」  僕の口元を、川野さんがじいっと不安な視線で見ている。  なんか、しゃべりにくかった。 「川野さんお勧めのところに行きたいかな」  意外そうな表情で、川野さんは言った。 「本当ですか?」 「うん、なんか面白そうじゃん」 「つまらないかもしれないですよ?」 「大丈夫。大体、どこのカフェ行っても僕は満足するタイプだから」  川野さんの瞳が明るくなる。 「良かった……そうおっしゃって頂けると、とてもうれしいです」   弾む川野さんとともに、駅に向かって歩きだした。 * * * *   川野さんにつれて来られた場所は、一部のマニアに有名らしい、キノコ喫茶「キノコ&ハーブ」だった。   キノコのお茶が飲めるということで、評判らしい。   店内に入ると、何とも言えないキノコの匂いが鼻をかすめる。   嫌な臭いではない。   思いきり深呼吸しようものなら、肩の力がフッと抜けて、思わずリラックスしたくなるような雰囲気。   川野さんがサルノコシカケ茶を僕にくれたことから、お付き合いが始まったということもあり、癒しの香りには自然と好感が持てた。   感じの良い若い女性店員にエスコートされて、僕らは席についた。  A4でパウチされたメニュー表は、手作り感満載の絵や手書きの可愛いまる文字で作られていた。  トリュフ、マツタケ、マイタケ、シイタケ、エリンギ、サルノコシカケ、霊芝、なめこ、ツクリタケ、キヌガサダケ、キクラゲ、ブナシメジ……。  この店、本当に人気あるんだろうか……。   あまりにも理解がついていかない。   今度時間あるときに、キノコ関係の予習をしておきたかった。  チラッと目をやると、川野さんはルンルンしながらメニュー表を眺めている。  僕はそんな川野さんを、バレないようにちょいちょい眺めた。   川野さんは全くと言っていいほどオシャレをしないのだが、もともとのルックスはそれほど悪くないと思う。  なんとなくいつも怯えているので、本当の笑顔をなかなか拝めないというだけで。  可愛い男の子みたいな容姿で、挙動不審におどおどした感じの川野さんが大好きだった。 「お勧めは?」  僕の言葉に、ハッとした様子で川野さんは顔をあげた。  そして、うれしそうな視線を再び左手に持つメニュー表に落とす。 「そうですね……もうちょっと待って下さいね」 「うん」  もう少し迷いたそうだ。   迷うことが楽しいのは、僕もよく理解できた。   僕は再び、川野さんを時折眺めた……ずっと見ることはしなかった。   それをすると、焦り出しそうだったから。  川野さんは、メニュー表の一番下に指さした。 「ケフィアのヨーグルトが売り切れみたいなので……私、新メニューの血流サラサラコーヒーにします」 「あ、キノコのお茶じゃないんだ」 「コーヒーに、微量の癒しキノコで味がつけてありますよ。それで、血液を綺麗にする作用もあるみたいです」 「変わったやつだね」 「はい、変わったやつが好きなんです」  それは……なんとなく性格的に分かる気がしたけど、あえて言わなかった。 「僕も同じ物にしようかな。コーヒー好きだし」 「わぁ、お揃いですね……」   店員を呼んで、僕らは血流サラサラコーヒーを二つ注文した。  思いつめた表情で、川野さんは話しだす。 「品田くんに、たってのお願いがあるのですが……」  お願い……か、学校では一言もそんなこと言わないのにね。  まあ、そりゃそうか。   学校ではまだ、僕らが付き合っていることを誰にも話していないし。  うわさされるのがなんか嫌だし、見られるのも気になった。  川野さんは良い子だと思うけど、僕以外の男子からはあまりよく思われていない。  部活の友達と恋愛の話をしても、好きな女の子の名前で登場した試しがなかった。  僕個人的には、よくわからない感じが良いじゃないかと思うのだが、誰もそういう評価はしないようだ。  また、川野さんからも、学校では「ボロが出るのが不安だから、あまり話しかけすぎないで欲しい」と言われたこともあり、積極的に話しかけられないでいた、ということもある。  そんなことを考えていると、早速注文したコーヒーが二つ、テーブルに置かれた。 「ごゆっくりどうぞ」  僕はカップを手に取り、ゆげの昇るコーヒーをブラックのまま一口飲んだ。  だいぶ熱かったが、ハーブが少し入っているせいか、思ったよりは飲みやすい。 「うまい」  川野さんはスティックシュガーを三本とフレッシュを入れて、よくかき混ぜて飲んだ。 「ああ、幸せ……」  コーヒー一杯で、恍惚の表情になる川野さんが素敵だった。 「それで、どうしたの?」  僕の言葉に、川野さんは思わずハッとする。  恍惚から現実の世界に引き戻されたようだった。 「こないだの人を、尾行して欲しいのです」  あのおっかなそうなサングラスをした、黒スーツの男? 「それはちょっと……気が引けるかも」  川野さんは、いきなり立ち上がって、わりと通る声で言い放った。 「お願いです! 品田くんに、お願いしたいんです!」  店の中だというのを忘れているようだ。  川野さんの暴走が好きな僕は、特に注意しない。 「川野さんに、必死でお願いされるのはうれしいけどさ。なんかヤバそうだったよ、あの男の人……」  自分の言葉で、今気づいたけど。  そういえば、僕らってカップルなのに、苗字で呼び合っているなあ。  いきなりは切り替えらんないよな。  学校で突然、名前で呼び合ったら、付き合っているのを怪しまれるし。  そうなると……とりあえずは、このままでいいか。  僕が少し考えていたところ、川野さんはいきなり僕の隣りに座った。  川野さんは後ろ髪が短くてボーイッシュな見た目だが、接近されると女の子の香りがした。 「どうしたの、いきなり?」 「私、何でもします」 「は?」  川野さんは思いつめた様子で、目を閉じる。 「好きにして下さい」 「そんなこと言われても……」 「私じゃ、色気がなくてダメですか?」 「そういう意味じゃなくて」  僕は別に、女性に対してビジュアル系の顔とか、スタイルの良い身体とか、魅惑的な色気とか、全く求めていない。  一緒にいて、ただ良いなあという気分になれれば、それでよかった。  しいて言えば、面白い人、変わった人、ということなのだろうか。 「私、どんな命令でも従います」 「その言い方はちょっと」  川野さんは、両手を胸の前で合掌させたかと思うと、そのまま僕の方へと差し出してみせた。 「身も心も魂も、品田くんにすべてを捧げます」 「洗脳みたいだよ」 「洗脳です」  川野さんは、なぜか言い切った。 「恋愛とは、恋心で相手の心を操る洗脳です」 「なんか、それっぽく聞こえるね」 「私も、三流アニメの悪の組織になった気分になりました」 「自分で言っちゃうんだ」  僕が突っ込むと、川野さんは恥ずかしそうに軽く咳払いをした。 「ええと、とにかく。私は品田くんの言うことを聞きたいのです」 「うん、でもね……」  僕は腕組みをして考える。  言うことを聞きたいって、……それはすべて、自分の希望を叶える為の対価代償でしょうに。  恋愛感情とはまた違うんだけどなあ……。  ま、それは言わないでおいて。 「わあっ!」  気が付くと、川野さんの唇が目の前にあった。  僕は身体をソファに後退させて、接触を防ぐ。 「ちょ、ダメだよ」 「こういうのは、お嫌いですか?」 「いや、そういう問題じゃなくて」  僕は身体を強張らせた。   川野さんは眉を下げて、弱い声で言った。 「すいません……なんか暴走してて」  いつものことだと思うけど。  それに、僕は川野さんのこういう不可解なところが良かった。 「良いよ、分かった」  僕は大きくうなずく。 「ほ、本当ですか?」 「うん。川野さんの一生懸命さに心打たれたよ」  半分冗談、半分本気だった。  よく分からない川野さんの喜ぶ姿が、一番の楽しみだ。  そんなことを考えながら、血流サラサラコーヒーを全部飲みほした。  川野さんも僕につられて、一気に飲んだ。 * * * *  さて一時間後。  この展開は、全く予想していなかった……。  アイマスクを取られると、見たこともない、コンクリートの部屋に連れてこられていた。  足を伸ばして地べたに座らされていて、下からじわじわと冷気が伝わってくる。   そして、僕の手首は縄で縛ってあった。  きつくて、痛い。  もう少し、緩めて欲しかった。  こんなにもあっさり捕まるとは、夢にも思ってなかった。  川野さんも今頃、あまりにも早くて驚いているに違いない。  ここまで姫君の役に立たないナイトも、珍しいだろう。  あの後、先日のデパートの近くで、川野さんは「あそこにいるよ」と偶然にも黒スーツの男を発見した。   僕は川野さんにカッコいいところを見せようと、張り切ってその怪しい男の後を一人で追った。   でも、それがまずかった。   素人の尾行なんて、するもんじゃなかったんだ。   バレないように、上手に追っているつもりだったんだけど、人気のない歩道に入ると、いきなり後ろから何かの匂いを嗅がされて、気を失い……気が付いたらこのざまだった。   この先、僕はどうなるのだろう……。   僕が不審にキョロキョロしていると、再びアイマスクで視界は遮断された。 「あんた、エリスの味方なの?」  艶やかな女性の声だった。  あれ?   僕を誘拐したのは男性だったような気がしたんだけど。  いろんな人がいる組織なのかもしれない。 「誰ですか、エリスって」 「その質問に答える義務はないわ」  理不尽だった。  僕も、お姉さんの質問に答える義務はないと思うよ……。 「ほどいて下さい」 「ダメ。まだ早い」 「早くていいです」 「ダメよ」 「どうしてですか?」 「ダメなものはダメよ」 「そんなこと言わないで、ほどいて下さいよ」  返事が返ってこない。  シーンとして、誰もいないのかなという気にすらなる。 「お姉さん?」  バチバチッと、良からぬ音。  段々と近づいてきて……。 「痛い!」  刺すような痛み。  腕から始まったと思ったら。   胴体。   首。   頭。   脚にも響いた。   全身に苦しみが走る。  痙攣したように、自由がきかない。 「い、痛すぎる……」 「ちゃんと答えないからよ」  呼吸が大きく乱れて、よだれが出てきた。  コテンと横に倒れた。 「ほら」 「痛い!!」  再びの苦痛。  満身創痍とでも言うべきか……血は出ていないみたいだけど。  コロコロ転がった。  背中に石ころがあり、それがまた痛い。  泣けてきた。  身体の穴という穴から、汗が出てくる。  小刻みに震えていた。 「はいちゃいなよ」  女性は冷静な口調だった。  僕は弱々しい声を漏らした。 「何も知らないです……ぐはあ!」  また、苦痛。  意識が飛びそうで飛ばない。  いっそ、気を失ってしまえば楽になれるのに……。  ギリギリのところで止めて、何度も繰り返し苦しめるのが向こうのやり方なのかもしれなかった。  エリスって、誰なんだ?  そいつのせいで、僕はこんなにも苦しめられているのか。  それとも、エリス……イコール、川野さん……?  足音が遠ざかっていく音が聞こえる。  そして、ドアが閉まる音がした。  物音一つしないことから、いなくなったようだ。  それから十分ぐらい経っただろうか。  少し休憩して、身体が復活してきた。   再び、ドアが開く音が聞こえた。  複数の足音が近づいてくる。  一体、次はどんな拷問が待っているのか……怖い。  足音が、僕の前で止まった。 「こいつ、何も知らないみたいよ」  あきれた女性の声。  そうそう、何も知らないんです……。   ゴンッ!  石ころを地面のコンクリートに投げつけたのか。  衝撃音だけが、不気味に聞こえる。  いきなり首を背後からつかまれた。  猫掴みだ。 「い、痛い! 痛いです!」  泣きそうな言葉が、溢れ出る。  ミシミシと痛みが強い。  声にならない激痛。  激痛。  激痛。   超激痛。 「痛いですってば!」  ますます痛みは強くなった。  このままでは、首をへし折られてしまう。  涙が落ちてきた。  上半身は、汗でびっしょりだ。  おもらしはしないけど、してもおかしくないぐらいに気が動転していた。 「あ……おっ」  手がようやく解放された。   僕は地面に倒れた。  コンクリートに投げだされて、それもかなり痛い。 「うう……」  しゃべろうとしても、出てくるのはうめき声。  もう起き上がれない。  ミミズみたいに、もがくだけだった。 「う、ぐぐぅっ!」  腹を一蹴りされた。  苦しさのあまり、両手で腹部を抑えた。  でも、痛みは少しもやわらがない。  口から、唾液以外のものが出てきた。  何も見えず、何かを吐き続ける。  気持ち悪い……。  ベトベトして胃液臭い何かが、自分にもまとわりつく。  死が頭をよぎる。   僕は殺されてしまうのか。  ……今ここで起きたことの口止めに。   ……何かを知っている可能性をつぶすために。 「ぐ、ぐぐ……ぐぅっ!」   考える時間がない。   追加で二発の蹴りだった。  また何かを吐いた。  臭い。  自分が臭い。  口元がベタベタする。   気持ち悪かった。  吐いた何かが、ネトネトとつく。   とても不快だ。  さっき、川野さんと楽しく飲んだキノコ入りのコーヒーも、全部出てしまったのだろうか。   あと、何発か蹴られたら、本当に死んでしまうかもしれない……。 「エリスの手先か?」  低い男の声だ。  質問に答えないと、また蹴られるかもしれなかった。 「う……くぅ」  蹴られたダメージのせいで、言葉がすべてうめき声だった。  やばい、また蹴られるかも……。 「だから、何も知らないみたいだって」  女性が代弁してくれた。 「ただ、利用されているだけなのかもしれないな」 「残念ながら、そうみたいね」  僕は利用されてるの?  利用しがいのない人間のはずだと思うけど。  それに、川野さんが僕をハメるなんて、そんなことするわけ……ないと考えるのは、お人よしなのだろうか。 「ちっ。仕方ねえな」  ゴンッ!  コンクリートの壁の衝撃音が聞こえた。  もう蹴るのは勘弁してくれ……。  そう思っていたら、一人の足音が遠ざかっていった。  そして、ドアの閉じる音がした。  今、おそらくこの部屋には僕と先ほどの女性の二人がいると思われる。 「ねえ、あんたさ」  二人しかいない……と思われるので、あんたイコール僕なのだろう。 「はい、何でしょう」  僕は、暴力が怖くて、即座に返事した。 「どうして、エリスと一緒に歩いているの?」  エリスが誰だか分からない……。  でもこの言い方だと、推測で川野さんのことっぽい。 「一応、彼氏です」 「ああ、そういうこと」  なんとなく、コンクリートの部屋で若い女性が大きくうなずいている光景をイメージする。  それにしても、手首が痛い。  早くほどいて欲しいんですけど……。 「色仕掛けで手伝ってるんなら、お姉さんに寝返っちゃいなよ」 「それは……」 「サービスするよ」 「そんなこと言われても。姿も見せないし」  これで目が見えるようになって、おばあちゃんがいたら傑作だ。  小学生でもびっくりするけど。 「寝返るって言ったら、目隠しをはずしてあげる」  僕は首を横に振った。 「それだけは、ダメです」  お色気サービスとか、興味ないし。  見知らぬ女性とエッチな展開とかも、全く望んでいない。  僕が女性で興味あるのは、川野さん。  川野さん。  川野さん、それだけだ。  その川野さんに、ハメられたかもしれないのが、どうも……。  ふと女性の手と思われるものが、僕の頭に乗った。   頭を撫でられる。   指先が冷たい。   冷え性なのかもしれない。 「あら、純粋なのね」  顔に息をかけられた。  とても甘い香り。  うう、リラックスするというか……。  力が抜けるというか。 「最も、上手に飼いならされているだけかもしれないけど」  再び、息を吹きかけられた。   今度は、正面からだ。   甘い香りが、両鼻の穴からいっぱいに入ってくる。 「お休みなさい……」  なんだかよくわからないが、とても眠い。  眠い。  眠い。  眠い。  非常に眠い。  眠くて。   眠くて。  それで……。     まどろみながら、さっきの疑問が再び湧いてきた。     僕、川野さんにハメられたのかな……?  疑心が眠気とともに、意識の奥へと混ざっていった。  悪夢を見ないように眠りた……。
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