第七章 実験台

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第七章 実験台

 目を開けると、長方形の台の上にいた。  仰向けに寝転がっている。  場所はどこなのかは分からない。  川野さんの家かも知れなかった。 「やっと……目が覚めましたね」 「……頭が重い」 「しばらくそういう状態が続きますよ」 「くそ……何をするつもりだよ」 「実験台にしますから」 「な、何それ?」 「魔女市場で手に入れた、レアな機能性キノコから成分を抽出し、幾つかブレンドして古代の秘薬を創製しました。その効能の人体実験です」 「そんな……」 「ちょっと待ってて下さいね」 「いや、その」 「復讐は、これからですよ」  川野さんは冷たい笑顔で僕に手を振った。  そして、部屋を出た。 「うう、頭が痛くて、重い……」  目を閉じると、そのまま眠ってしまいそうだ。  ここで寝たら、一生僕はここから出られないだろう。  必死に、自分の意識を呼び起こした。   僕はフラフラになりながらも、立ち上がる。   身体を全く拘束されていないのは、どうせほとんど動けないと思われているに違いない。 「く。確かに……身体が鉛を背負っているみたいだ」   このままでは、殺されてしまう。   死ななくても、怪しい機能性キノコを飲まされて、一生を台無しにしかねない。   く、苦しい視界がぼやけながらも、僕は歩くことにした。   歩く。   一歩。   二歩。   三歩。   歩く。   歩く……。   なんとか、逃げるんだ。   でも、このままではまた捕まるだろう。   何とか、戦うか。   向こうの弱点とかないのか。   ようやくドアにたどりついた。   ドアを開けて、川野さんがそこにいたら意味がないけど。   幸いにも、ドアの向こうには誰もいなかった。   巨大な塔の中にでもいるようで、目の前には無数のらせん状の階段があった。   どれが、帰り道なのかは分からない。   帰れなくても、逃げられればいい。   僕は、一番右端の階段をのぼった。   それにしても、つらくて仕方がない。   階段をのぼるということが、ここまで大変なことだったとは……。   一歩、一歩、歩いては休み……何度繰り返しただろうか。   やっとの思いで、上まで上がりきった。   アンティークな見た目のドアを開けた。   見た感じ、書斎のような部屋だった。   僕は奥へと進んでいく。   だいぶ歩いた。   たくさんの本棚が並んでいる。   この本の中に、僕の体調をよくするお薬の情報とかないのかな。   そういえば、すっかり忘れていたけど。   川野さんは今、どこにいるんだろうか。   そう思った瞬間、ドアが開く音がした。 「品田くん?」   まずい。 「解毒用キノコを抽出した薬は、私が持ち歩いていますし。自然治癒だけでは、完全回復出来ないはず。どうせ遠くには行ってないはずですね」   僕はひたすら沈黙。   バレたら一巻の終わりだ。 「ここにいるんでしょう?」  何も言わない。 「わかってるんですから」   シーンとしている。   いや、むりやりシーンとさせていた。 「あれ、いないんですか?」   早く行けって。   僕は意識が朦朧としつつ、なんとか倒れないように踏ん張る。 「いないんですね。戻ろうかな……」   よし、いなくなるぞ。   もう少しの我慢だ……と思いきや。 「なあんてね」 「え?」   スラックスのポケットに入っている、携帯電話の着信音が鳴った。  静かにしろと念じる主の意向を全く無視して、携帯電話は元気よくやかましく鳴り続ける。 「そこですね」  うれしそうな川野さんの声が聞こえた。 「待ってて下さいね。今いきますから」   足音が、近づいてくる。   なんだ、この展開は?   ホラー映画みたいだぞ。   僕は、ふらつきながらもハサミを出した。   書斎の入口の机にあったものを、護身用の武器代わりにもらってきたんだ。   ハサミを少し開いて、川野さんに向けた。 「こ、これ以上来ると切り裂くぞ」 「当たんないですよ、そんなの」   僕はハサミを開いて、川野さんに向かって大振りする。   全然当たらない。   そのまま転んだ。   本棚にぶつかり、ぐらつく音がした。 「危ないです!」   川野さんは、すかさず僕の身体に、落ちてきた本を受け止めた。  額の汗をぬぐって、川野さんは分厚い本をゆっくりと床に置いた。  僕はポカンとその光景を見ていた。 「助けてくれたの?」  川野さんは、必死に首を横に振った。 「こ、……こんな偶発的な仕留め方は、したくないだけです」 「え?」 「私の復讐ですから。私がやらないと意味がないんです」 「そういうことか……」 「本気出しますよ」  川野さんは足を後ろに振り上げたかと思うと、僕めがけて…… 「痛い!」   手を蹴り上げられて、ハサミは床におちた。 「うう。くそ……」  こうなったら、ガチで殴り合いの喧嘩するか。  確かに今、僕はふらついているけど。  本気で殴りかかったら、力とスピードで女の子が男にかなうはずがない。  まして、僕は普段、体育会系の部活動で身体をそれなりに鍛えているんだ。  弱っていても、運動神経は良い方だと思っている。  女の子に手を上げるのは非常に気が引けるが、今の状況では致し方がなかった。  僕は両手を組んで、ポキポキと喧嘩の音を鳴らしてみせた。 「手加減しないからな」 「どうぞ好きにして下さい」  川野さんのお腹めがけて拳をつきだした。  ……顔はさすがにやめておいた。  しかし、川野さんはあっさりと避ける。  僕は体勢を崩しそうになり、両腕をふらつかせてバランスをとる。  おっとっと。 「次は避けられないぞ」 「はいはい」 「そんな余裕も、今のうちだけだ」 「わかりましたよ」 「くらえ!」  次は顔面ねらって拳を勢いよく出した。  当たったらかわいそう……。  でも、難なく避けられた。  何だ、今の動きは……。  残像が少し残るぐらいの早さだった。  人間離れしているというか……。 「ええい、くそ!」  構わず、僕は蹴りを放った。  それも避けられる。  連続で殴りかかる。  すべて軽い身のこなしでよけられた。  一瞬、数人の川野さんが見えたぐらい、素早い動きだった。 「これでもか!」  落ちていたハサミを拾い、投げつけた。  川野さんは二本指で、はさんで受け止めた。 「うそ……」  川野さんの姿をした、化け物じゃないのか……?  僕は、この人と本当に付き合っていたのだろうか。  とても、同一人物とは思えない。  川野さんは、ポツリと言った。 「もう終わりですか?」 「……強過ぎだよ」 「私、一時的に身体能力があがる機能性キノコを使いましたから。早くて強いですよ」 「マジで? ……そ、そんなことが出来るの?」 「ランクBのライセンスをなめないで下さいね」 「信じられないよ……」 「疑っているんですか? ……ほら」 「ぐわあっ!」   素早過ぎて、何も見えなかった。   川野さんの拳。   瞬間に、僕の腹部にめり込む。  そのまま僕は、大の字に倒れた。   胃腸に穴が空いたかと思うぐらい、かなり強烈だった。   胃液が上に上がってきて、口の中が酸っぱい。   もう、動けないよ……。   何も出来ないまま、両手を腰で縛られた。 「立ってください」  ダメージの余韻がだいぶつらかったけど、僕は歯を食いしばり、やっとの思いで立ち上がった。   逮捕された人みたいに、引かれるがままにつれていかれた。  書斎を出て、もと来たらせん状の階段を下へと降りた。  たどりついたのは、最初目覚めた部屋。 「さあ、ここに乗って下さい」  言われるがままに、実験台に腰かけた。  もはや、逆らえなかった。 「今から、世紀の実験が始まるんです」 「うう……」 「そんな喜ばないで下さいよ」 「全然、うれしくないし」  川野さんは不敵な笑みを浮かべて言った。 「エリスって、誰だか知ってますか?」 「だから、知らないから」 「それなら、教えてあげます。エリスとは……北欧のカロノーラ神話に出てくる、夜の魔法キノコの女王ですよ。これから飲むのは、大賢者アストラアダムの書をもとに調合した不老不死の秘薬『血塗られたキノコの誓い』です。成功すれば不死の身体、失敗すれば終わることのない断末魔の苦しみですが……私が今から奇跡の大成功を成し遂げて、三代目のエリスになるんです。私こそは気高き女帝の器、魔女の中の魔女……品田君は、私が歴史に残る、夜のキノコの女王に生まれ変わる為、不死の実験のお役に立てるんですよ。涙を涸らすほどに狂気に喜んで、光栄に思って下さいね」   ええと……なに、この話のぶっ飛び方。   先月は僕、この人と一緒に喫茶店とかでデートしてたんだよな……なんかもう、遠い過去のような気がする。  川野さんは、水の入った紙コップと、小さなカプセルを一つ、僕に渡した。 「ほら、飲んで下さい」 「うん」  受け取ったカプセルを、じっと凝視した。  これを飲むと、一体僕はどうなるのだろう?  川野さんみたいな内気な子が、復讐の最終案に考えるほど、とてつもない効果があるんでしょ?  だとすると、どんな恐ろしいことが……。  僕はカプセルを見つめた。  しびれを切らした川野さんが、催促してくる。 「早く飲んで下さい」 「う、うん」 「早く」 「うん」 「返事はいいから早く」  普段の不安少女ぶりからはとても想像できないぐらい、強い口調だった。  逆らえない。  ここで、僕の人生は終わるのかもしれない。  まあ、仕方ないか。  女の子を悲しませたのが悪かったんだ。  人として最低な形でフッたのが、すべての元凶だったんだ。  仕方ないよな……。  僕はおとなしく、薬を手に取り、水で飲んだ。  飲み終えると、気持ち悪さが極地になった。 「く、苦しい……」 「一生、苦しみ続けて下さい」  その言葉を聞いた瞬間、僕はすべてを悟った。  この実験、最初から成功させるつもりなんかなかったんだ。  すべては、僕への復讐。  苦しみはすべて、エリスの呪いだった。  頭蓋骨を陥没させる勢いで、恐ろしいほどに響き渡る衝動が、首から上で激しく暴れまくる。 「頭が……割れるように痛い」 「燃え盛る灼熱地獄の頭痛と、無二の友達になる努力をして下さい。生涯、続きますから」 「お、嗚咽が止まらない……」 「そんなの、気にしていたらダメですよ。時間とともにもっとひどくなって、寿命が尽きるまで続きますから」 「全身が、気だるくて……」 「それは、日常茶飯事のことじゃないですか。毎日気だるければ、もうなんだか分からなくなりますよ」 「こ、呼吸が荒くなって……」 「血流がおかしくなって、心臓がちょっと。異常を起こしただけですよ。気にするほどのことでもないです」 「と、とにかく、苦し過ぎる……」 「人間は、苦しみに慣れるように出来ていますから。何も考えなければ問題ないですからね」 「……そんな」 「たくさん、苦しみという名の友達が出来て良かったですね。もう何も、寂しがることなんてないです」 「く、くそ……」 「私の味わった地獄、苦しみを雀の涙ほどでも感じ取って下さい」 「苦しみの種類が違う気が……」  僕は手からコップが落ちた。  うつぶせに倒れる。  息が荒く、もう話す余裕もない。  目が見えない。   何もない。   闇の存在すらもわからない。  このまま死んでしまうかもしれなかった。  すべては、自分が蒔いた種だ。  自分で、受け止めなければならないのは、ある意味当然なのかもしれない。  永遠に続く、最悪の苦しみ……。  無限のループがこれより広がっていく……。   ……と思いきや、ピークが過ぎたのか。   もう、苦しみに慣れてきてしまったのだろうか。   なぜか……少しずつ、身体の中を暴れまわる、あらゆる悪い事が和らいできた感覚があった。   気持ちも、リラックスしてきて。  気だるい感じが徐々に治ってきた。  心臓も、なんだか通常の動きになってきた気がする。  呼吸もしやすくなってきたぞ。  頭痛も軽くなった。  なくなった。  嗚咽もない。  みなぎるような苦しさは、どこに行ったのか。  声も戻ってきたようだ。 「なぜか、わからないけど……身体が動くようになったぞ」  むしろ、元気になったぐらいで。  普段よりも絶好調なほどに、力がみなぎってきた。  僕は目をこすった。  視界が復活して、真っ先に僕の目に飛び込んできたのは……両手を背中に隠しながら、パーティー用の派手なトンガリ帽子をかぶり、僕のことをうれしそうな瞳でじっと見つめる川野さん。 「品田くん」 「ん?」 「お誕生日、おめでとうー!」  隠していた両手を前に出した川野さんは、笑顔でクラッカーを鳴らした。  僕の頭や身体に、おめでたいカラフルな紙テープがふんわりと優しく乗っかっていった。 「おめでとうー!」  さらに、二、三発。  楽しそうに川野さんは、クラッカーを鳴らす。  自分の頭や眼鏡にもカラフルな紙テープが降ってきて、それを垂らしながら僕に向かって祝福の拍手をしてくれた。 「はあ?」 「やったー、はじめての彼氏と誕生日パーティーだあ!」   川野さんは、僕の手を取って、両手で握り締めた。   まさか。   今までのは全部……。   誕生日で、お祝い為の演出?   壁にはいつの間にか、一文字ずつ「お誕生日おめでとう!」と手書きで書いた画用紙が貼ってある。   他にも、ピンクのリボンとかで壁いっぱいにデコレーションしてある。   実験台の隣りにあるテーブルには、チョコでコーティングしたホールのお誕生日ケーキ。   ロウソクもささっていて、本数は一、二、……十四本。   誕生日を迎えた、僕の年の数だった。 「この子、本当変わってる……」   茫然とする僕。   それに気が付いたのかどうか。   川野さんは、ハッとした様子。   恐る恐る、僕に質問する。 「引きました?」   静かにうなずく。  途端に、泣きそうな顔になる。  いつもの不安な川野さんに戻った。  怯えながら、頭に乗ったカラフルなテープを一生懸命、手に取っている。 「わ、私のこと、……嫌いになりました?」 「それは、大丈夫」 「む……無理してないですか?」  僕は首を横に振った。 「いや、いいよ。むしろ、川野さんのこういうところが、他の女性にない魅力で大好きなんだ」 「本当ですか? あ、ありがとうございます……わざわざ中原先生まで巻き込んで、ウソ電話のお願いをしたかいがあったってもんです!」  えええ、そんな……担任の中原先生を巻き込んでいたのか……。  あ、でも、あの先生はもともといたずら好きな性格で、こういうノリは大好きだったに違いない。  川野さんは、テーブルに置いてあった、ジッポライターでロウソクに火をつけた。 「さあ、火を消して下さい」 「ありがとう」  ロウソクからは、何とも言えない芳香が……気のせいか、川野さんが煙を避けているように見えるけど、それは気にしないどいて。  僕は大きく息を吸って、肺いっぱいに空気を貯めた。 「ふうぅーー」  息を吐きながら、少しクラッときた。  ロウソクの火は次々に消えていき、全部消えると川野さんが拍手した。 「十四歳のお誕生日、おめでとうございます! ……だいぶ歪んだ、私の性格の良き理解者。品田くん、だーい好き!」   川野さんが僕の頬にキスした感触をうれしく感じながらも、少しずつ意識が遠のいて……ロウソクの煙のせいかもしれない。   キスの余韻を味わう間もなく、もう次の仕掛けが始まったようだ。  ふらふらしながら僕は、完全に落ちる前に、目を閉じて質問する。 「今、……僕らがいるのって、川野さんの家?」 「はい、もちろんです」 「……結局、エリスって何だったの?」 「そんな奴、最初からいないですよ。全部、作り話です。素人が書いたB級ネット小説から、適当にパクリました」 「え? でも、以前に僕が連れ去られた時……あの黒スーツの男とかも、エリスって言っていたけど。僕のこと拷問した人たちは一体、何者だったの?」 「私の兄です」 「そ、それって……いや、でも。女性もいたような気がしたけど」 「私です。声を少し変えて話をしました」 「何それ……」 「電話の内容とかも、自作自演です」 「そ、それは……」 「疑うように、仕向けました。一度で何も怪しまれなければ、第二弾、第三弾をする計画があったんです」 「マジですか……」 「ちなみに擬似拷問したのは、自宅の地下の倉庫でした」  川野さんは、声を弾ませて言った。 「たとえば『はい、もしもし。こちらはエリスです。作戦は順調に行ってます』とか。『品田くんは全く気が付いていません。絶望まで、カウントダウンに入りました』とか。それっぽくて意味のないセリフをたくさん準備してたんですよ……でも、言った後、品田くんを騙した罪悪感から、なんだか悲しくなって泣いちゃいました」 「そう言えば、泣いていたね。……でも。何で、……そんなことを?」 「一度、喧嘩したり、別れそうになった方が、恋は燃え上がるって。以前に、亮介くんが、国語の詩の授業の時に教えて下さいました……」 「……そういうオチか」  うーん、亮介が余計なこと言わなければ、僕らはまったく何も悩まないでクリスマスを過ごせたはずだったのか。  でも、待てよ。  屋上で川野さんの顔を見た時。  とても印象的だったのをよく覚えている。 「屋上でさ……かわいそうになってしまうぐらい、見た目がやつれているように見えたんだけど」  川野さんの楽しそうな声が聞こえる。 「ほとんどはメイクですよぉ。実際はそんなにやせてないし。顔はそういう感じのわりに、身体の肉付きはほとんど変わってないでしょう?」 「言われてみれば、確かに……」  あの時、顔しか見ていなかったかも。  あまりにも衝撃的な顔をしていたので、そこばかりに視線が釘付けになってしまったというか。 「あとは、ずっと憔悴しきったような表情で、演技をしていれば。問題ないかなって、思いました」 「まあ……実際に僕は、気づけなかったし」  もう目は見えないけど……川野さんのうれしそうな声が聞こえた。 「誕生日をですね。とにかく盛り上げたかったんですよ」 「……ありがとう」 「品田くんの思い出に残るものに、したかったんです」 「絶対に残ると思うよ……うん、残るな。これは」 「本当ですか! 良かったです!」 「うん、良かった……」 「来年も楽しみにして下さいね!」 「あ……ありが……とう」  かなり頑張ったけど。   もう限界だった。   膝から倒れて、僕の身体はじゅうたんの上で寝そべった。  少し声のトーンを落とした川野さんの声が、背中に響く。 「……今回は、クリスマスを一回分つぶしちゃったから。そこだけが反省点ですね」 「あ、……それは誤算だったんだ」 「はい。いつか別れ話に近い、疑いの言葉が向けられるとは思っていたんですけど。それがまさか、クリスマスとかぶるとは……予想外でした」 「そっか……大変だったね」 「屋上で泣いちゃったのは、半分本当なんです。クリスマスでまさかフラれると思わなかったから。自殺するつもりは全くなかったですけど。ちょっと悲しくて、しゃべってたら込み上げてきちゃって。リアルな涙でした」 「川野さん以上に、僕も相当悲しかったよ……」 「来年は、クリスマスも楽しくやりましょうね!」 「う、うん……楽しく……ね」 「ん……」   段々と意識が薄れていく。 「……ロウソクに塗布しておいた、アルゼンチン産の突然変異キノコの効能が出てきちゃいましたか?」   もう、返事が出来なかった。   ……誕生日パーティーなのに。   ケーキも食べていないのに。   なぜ今、僕は横たわっているのだろう。   分からないことだらけだけれども……。   気を失いながら、僕は幸せの絶頂だった。   どこまでも付き合うよ。 僕は川野さんの、彼氏だから……。
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