1話:佐伯春信編

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1話:佐伯春信編

 女って生き物が、苦手だ。  母の仕事柄、小さな頃から色んな女の人がいた。純粋に可愛がってくれる人もいたけれど、怖い顔も沢山見てきた。だから、女の人は怖い気がした。  年頃になったら、寄ってくるようになった。俺が女優、浅川華の息子だから。両親譲りの顔が綺麗だから。  でも、そういう人は大抵俺を見ていない。見ているのは勝手に作り上げた幻影。だから実際の俺を見て勝手に幻滅する。  「こんな人とは思わなかった」って勝手に言って去っていくけれど、最初から俺を見ていなかったのはそっちじゃない? 俺、親切な王子様なんかじゃないし。むしろ、人苦手だし。 「監督、やっぱり私これ以上は続けられません!」 「そんな。なぁ、せめて冬の公演が終わるまで待ってくれないか? 君が最後の女子部員なんだよ」 「続けられません! ごめんなさい!」  そう言って出て行く人を、覚えていないくらい見たからもうなんとも思わなくなった。むしろ拘っている松永のほうが疑問だ。どうしてそんなに性別なんかに拘るんだろう。  松永は珍しく俺を俺と認識して側にいてくれる友人だ。喧嘩もするけれど、少ししたらなんでもなく元通りになれる。多分、初めての友達だ。  まぁ、今は機嫌が悪いだろうけれど。 「なんで……どうしていつも…………! 佐伯!!」 「俺のせいじゃないし」 「どうすんだよ、最後の女子だったんだぞ!」 「いいんじゃない? あの子、ド下手くそだったし」 「女子だよ!!」 「胸があるか無いかの違いじゃない?」 「んなわけあるか!!」  分かんないな。演技がとても上手ければ引き留めるかもしれないけど、ド素人だし。そんなに惜しい人材じゃないのに。  俺には、分からない。女子だからいいのか、あの子じゃなきゃダメなのか。俺にはよく、分からなかった。 「冬の公演はカップルも多いから恋愛劇だってずっと言ってるだろうが!」 「だって、辞めたいなら止めるのもさ」 「さ~え~き~ぃぃ」  あー、大分怒ってる顔をしてる。温厚そうな顔してるくせに、気が短いんだよな。持ち直すのも早いけど。  まぁ、せっかく書いた台本ダメにするのは申し訳ないけれどね。でも、しかたないし。俺のせいじゃないと思うしさ。それとも俺に女子のご機嫌取りしろってこと? 百害あって一利無しだよ。  前にもあった。公演でヒロイン役の子が何か勘違いして、俺と付き合ってるって言いふらして酷い事になった。SNSの拡散って恐ろしい。でも俺は当然否定したし、演技だけだし。実際公演終わったら関係もないから放置した。  そしたら逆恨みしてある事無いこと言いふらしはじめて、名誉毀損で民事裁判起こすって脅したらやめた。無駄な労力と精神力を使ったと思う。  だから嫌い。演技の俺だけ見てればいいんじゃない? 本当の俺なんてどうせ、見る気ないんだしさ。 「もう台本も出来て、本読みも始まってるんだぞ! 小道具や背景も作り始めてる! 公演は2ヶ月後なんだぞ!!」 「うーん、今から変えれば?」 「そんな時間も予算もあるかボケ!!」 「松永、頭の血管切れるよ?」 「お前が原因だ!!」 「それなら、誰かに女役やらせたら? 胸だって、作ろうと思えば作れるし。昔は男が女性役やってたでしょ」  ……つい、思ってた事が口に出た。  松永が「すんっ」とした目をする。メガネの奥の切れ長の目から感情が消えて、ただただ殺気が見える様な目。これ見ると「あ、こいつヤバイ人かな?」と思う事がある。実際はストレスがカンストしただけだけれどね。  でも、こうなると面白い。松永はキレた時の方が考えがキレている。無茶を言うんだよな。でも、結構あたりも引く。  ちょっとだけ、ワクワクする。 「? とうとう飛んだ?」 「もう……知るか……。分かった!! 台本はこのまま使ってやる! この冬の公演はBL劇だ!!」 「……はぁぁぁ!!!」  松永の雄叫びに、周囲の方がざわめく。一方の俺はキョトッとした。  BL……ボーイズラブというやつか。男同士の恋愛をテーマにしているやつ。  ……別に、いいんじゃない? 俺は恋愛なんてした事ないから分からないけれど、ようは女子の役が男になっただけでしょ。  あー、でもそうなると……ちょっと分からない。女子の役が男に変わっただけなのに、やたらと女子が好きなのはなんでだろう? そこ、女子じゃダメな理由があるのかな? もしあるとするなら、気持ちの面でも何か変化がないとダメなのかな? 「お前がそこまで言うならこれでいくぞ! 今流行だしな、BL! 女子受けするしな! 男相手にキスシーンぶち込んでやる! 主役はお前だぞ佐伯ぃぃ!!」  男同士でキス……か。うーん……まぁ、いいんじゃない? 大して変わらないよ。 「まぁ、いいんじゃない?」 「……へ?」 「え、BL劇」 「え、いや……佐伯?」 「あぁ、でも俺そういう役やったことないから、気持ちとか分からないか。役作りとか、気持ち作っておかないと」  女子なら勘違いして大騒ぎになったけれど、男相手ならそういうのもないと思う。  でも気持ちが分からないから、演技も定まらない。誰か練習相手というか、いないかな?  思って、見回した。皆俺を見ている。引いてる奴、選んで欲しそうな奴。こういうのは面倒そうだからパス。どうせなら俺も楽しめる相手といてみたい。  探して、見つけた。これだけ騒ぎになっているのに我関せずという様子で目線すら合わない子。  たぶん、1年生。雑用と、マネージャーをしてくれている。けっこう気の利く子だったと思う。予備のタオルちゃんと用意してくれたり、柔軟の手伝いしてくれたり。名前は…………覚えてない。でも、黒縁メガネの子だ。  興味があった。この距離にいるのに俺に興味を持たない子だから。面白いのかな?  近づいていくと、目があった。普通っぽいし、メガネのせいもあって野暮ったい。割と地味だけど、案外可愛いのかもしれない。  目の前に立った。そしてじっくりと観察した。  案外目、ぱっちりだ。素直で真面目そう。唇、ふっくらしてる。触ったら柔らかいのかな? 「……うん、悪くないか」 「え?」  決めた、この子に手伝ってもらおう。俺、この子と遊びたい。 「ねぇ、メガネくん。俺の役作り手伝ってよ」 「え? 役作……り?」 「聞いてたでしょ、BL劇。俺、男相手の恋愛なんて経験ないし想像つかないから、気持ち作れないんだ」 「…………はぁ」  分かって無い顔。それとも、分かりたくない? 残念、俺はもう君がいいなって思ってるんだ。だから、潔く諦めてね。 「だから、君が俺と恋人ごっこしてくれない?」 「………………え」  やっと認識したみたいで、メガネくんが固まった。リアクション大きいのもいいかも。久しぶりに楽しい。  俺はメガネくんの腕を掴んでそのまま歩いていく。どうせ今日は動きないし。それよりは君と話がしてみたい。今でも俺に興味持ってないでしょ? そういう顔、好きだな。 「じゃ、メガネくん借りてく。先上がるから、よろしく」 「お…………おい、佐伯!!」  多分冷めたんだろう松永が動揺している。でも、俺はもうそのつもりだから。  教室を出て、荷物を持っていないメガネくんの荷物を回収して、俺はホクホクしている。とりあえず…………あ、名前聞かなきゃ。 ◆◇◆  校舎を出ると周囲がザワザワしている。あぁ、手を握ってるからか。でも離したら逃げちゃいそう。俺、この子の名前知らないしな。それに、その気になってるんだから逃がしたくない。 「あの……先輩?」 「ん? なに?」 「あの、手が……」 「逃げるでしょ?」  ギクッとしてる。分かりやすいね、メガネくん。 「あっ、お近づきの印に夕飯奢るよ。どこがいい?」 「え? いえいえ!!」 「いいよ、自己紹介もまだだし。俺、メガネくんの事知らないしさ」 「いや、だから!」  遠慮してるのかな? なんか凄く必死な顔してる。可愛い。  それに、どうせ外食するんだし一人増えたくらい平気。どこに行こかは決めてないけれど……レストランか、料理屋か。駅前まで行かなきゃ。 「ここ! ここにしましょう!!」  突然言われてメガネくんが立ち止まった。そこは、よく見る気がするけれど入った事がない。個室……は、なさそう。 「え……と?」 「ここ、ご飯屋なの?」 「…………え」  聞いたら、すっごく世間知らずを見るような遠い目をされた。面白い子だな、あからさま。俺、こんな目で見られた事ない! 「うん、面白そう。入ろうか」 「あっ、はい」  両親じゃ絶対連れてきてくれないし、俺も自分じゃ選ばない。でも、一度ファストフードとか食べてみたかった。騒ぎになる事もあるから避けてたけど、今日はいいよね!  ちょっと引き気味のメガネくんを引っ張るように、俺は店に入っていった。  店員に案内されて席についてタブレットでメニュー見てるけれど……価格破壊? ハンバーグとステーキの盛り合わせで千円しないってどういうこと? 「安い! え、この値段で間違ってない? ゼロ足りなくない?」 「普通ですよ!」  メガネくんは受け入れている。っことは、本当にこれで間違いないんだ。  俺が普段行く店だと、ハンバーグだけで千円超える。それにカットステーキもだと、数千円。ここ、リーズナブルが過ぎないかな?  どれも安いし、見てると美味しそう。ちょっと決めかねる。 「俺、ハンバーグとグリルチキンのセットにします。先輩は?」 「うーん、悩む。そうだな……じゃあ、同じので」 「ドリンクバー付けます?」 「ドリンクバー??」 「! ジュースをいくらお替りしても定額っていうサービスです」  料理の価格だけじゃなくて、そんなサービスも付けられるの! え、ドリンクだけ頼んで何時間も居座るって事もできるんじゃない? 出来たら最高だね! お腹空いたら何か頼んで、ドリンク飲んで。 「へー! 凄い太っ腹なサービスだね。少し話もしたいし、付けようか」 「……ですか」  普通に応じたって事は、そういう使い方していいんだ。凄く良心的なお店だな。また来よ~♪  メガネくんがタブレットを操作して、徐に立ち上がった。ぼーっと見ていたら、俺の方が首を傾げられてしまった。 「飲み物取りに行きますよ」 「え? でも店員さんきてないけれど」 「タッチパネルで操作して注文したんで、大丈夫です」 「そうなんだ。凄いんだね」  注文もタブレットなんだ。俺、オーダー取りに来てくれる店しか知らない。でも、こっちのが便利だね。いい事聞いた。  メガネくんがジューススタンドの操作方法を教えてくれた。この子、丁寧だな。それに親切だとも思う。でもこの親切はきっと俺が女優の子だからとか、そういうのじゃない。誰にでも親切なんだと思う。  いい子だな。巻き込まれて迷惑だろうに。  程なくして戻ってきて、ジュースを飲んで。本当にちゃんとジュースだよ。俺の行ってた店でもあんな機械でやってたのかな? 「ちゃんとジュースだね」 「当たり前ですよ。先輩、普段どんな場所で食事してるんですか」 「個室のあるレストランかな。騒ぎになるといけないから、知ってる店だけ」  変なのが来て騒がれると食事ができないからって、割と気を遣う。俺だけなら慣れっこだけど、店に迷惑がかかるのはやっぱりどうかと思うし。  だからこそ、こういう店に来られて嬉しかったりする。それに今のところ、変な事もないし。もしかして明らかに一般人な連れがいるから? まぁ、気にしすぎか。平和ならそれが一番だしね。 「こういう店、来た事がなかったから。やっぱり、君で間違いなかったな」 「え?」  凄く、不思議そうな顔。少し目が大きくなったね。驚くとそういう顔をするんだ。  そういえば、タネ明かしもしてないか。俺はニッと笑った。 「君が一番、俺に興味なさそうだったからさ」 「あ…………」  自覚は、あったっぽい。妙に納得した顔をする。ってことは、メガネくんは本当に俺に興味なかったんだ。ますます面白い。少なくとも、俺の周りにはいなかったかな。プラスでも、マイナスでもないフラットな視線と態度。俺は、君に興味があるよ。 「大体の奴が俺に話しかけてくるか、話しかけたそうに視線を送ってくる。でも、君とは目が合ったことがないんだ」 「まぁ、縁のない人ですし。俺、演者じゃないんで」 「だからちょっと、興味があった。憎悪や嫌悪もなく俺を見ない君はどんな人なのかなって」 「憎悪や嫌悪って。そんな極端な」 「極端だよ。勝手に好意を持ったり、好奇心の的になったりする。嫉妬、叶えられない事への憎しみ。そういう目って、分かるんだ」  そう、極端で身勝手なんだよ。俺は、そういう人を沢山見てきた。見過ぎて、人が苦手になるくらいにはね。  メガネくんは、とても哀しそうな顔をする。気の毒って思ってる……かもしれないけれど、もう少し深刻な。同情してくれている?  面白い。俺に同情なんてしてくれる人、君が初めてだよ。有名税だって言わないんだね。人より持ってるんだからこのくらいいいでしょって、言わないんだね。親が有名だから当然って、言わないんだね。  俺ね、ずっとそう言われてきたんだ。  でも、俺の目に狂いはなかったよ。君を巻き込んでみて正解だった。にっこりと、俺は心の底から笑った。 「だからさ、巻き込んじゃった。いい機会だからお近づきになってみようかなって」 「…………」 「改めて。俺は佐伯春信、文学部3年。君は?」 「青井、孝通です。建築学科1年」  青井孝通くんね。建築学科か……縁がないな。でも、だから舞台セットの方を希望したんだね。物を作るのが好きなのかな? そういえば今年に入って、作られる小道具とかがとても丁寧になってた。舞台セットも丁寧に作っていて、釘とかも綺麗に処理されてたっけ。  この子がしてくれたのかな?  それにしても、孝通っていうのも堅苦しい。恋人ごっこなんだから、もっと近づきたい。それならやっぱり呼び方からかな。 「青井くんか。恋人ごっこなら、ちょっと他人行儀だね。タカくん、でいいかな?」 「!!」  俺がそう呼んだ途端、タカくんの顔が赤くなる。びっくり顔で、耳が赤い。  俺はそんな彼の反応を見て、なんだかドキドキした。面白い、そして可愛い。こんな事で耳まで赤くしてくれるの? そんなに驚いた?  もっと、驚かせたり困らせたい。表情豊かだね、楽しいよ。 「青井でいいです」 「えー。じゃあ、俺の事は『ハル』って呼んで」 「佐伯先輩で」 「もう、融通の利かないガチガチ君だな。でも俺は、『タカ』って呼ぶからね」 「も…………」  あ、今はちょっと怒ったね。そして困ってるでしょ。松永が溜息つく時と同じ顔をしてるよ。あははっ、楽しい。  思ってたよりもいい拾い物をした俺は、まだまだタカくんを離す気なんてないんだ。覚悟してね♪
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