2話:青井孝通編

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2話:青井孝通編

 頼んでいた料理を、佐伯先輩はペロッと平らげた。口に合わなかったらどうしようと思ったけれど、そんな事はなく満足したっぽい。 「美味しかった。量も多いしね」 「良かったです」 「後でデザート食べない? チョコパフェ、美味しそう」 「後で」 「うん」  凄くニコニコしている。でも、演技の時の顔とは違う。佐伯先輩は舞台の上でとても輝いている。鬼気迫るような表情、朗々と響く声、指先にまで神経が研ぎ澄まされている感じ。好きなんだろうなって、思わず飲まれてしまったのを覚えている。  でも舞台から降りたら途端に掴めない人になる。松永先輩以外と長く話してるのを見たことがない。なんか……風、みたい? ふわっとしてて、どこか行っちゃいそうな感じがする。 「ねぇ、タカくん」 「あ、その呼び方本当に固定なんですね」 「そうだよ?」  ふわふわした顔のままで言われてしまった。この人、頑固だ。そして人の話聞かなそう。 「タカくんって、実家暮らし?」 「あぁ、いえ。一人暮らしですよ」 「家、近いの?」 「はい、すぐ近くのアパートです。1K」 「1K! 狭くない? 家具とか服とか入る?」 「? あまり物持ってませんし。それに、広めの部屋を選んだので平気ですよ。クローゼットもあるし。何よりあまり広いと掃除とか大変ですから」  築年数は経っていたけれど、広めの間取りを選んだ。キッチンも少し広めでゆったりしてる。その分風呂は狭いけれど、ちゃんと湯船もあるし。物も大きな家具はベッドとローテーブルとテレビくらいだから。 「食事、どうしてるの?」 「基本、自炊ですけど」  言ったら、佐伯先輩は今度こそ目を丸くする。そして次にはその目が輝きだした。 「自炊……料理するの!」 「え? はい」 「凄い! 凄いねタカくん!」 「え! いえ、普通ですよ!」  だって外食ばかりって、食費かかりすぎてやってられない。仕送りとかしてもらっているから、そこは切り詰めていかないと。  でも先輩は…………自炊とか、しなさそうですよね。 「得意料理、なに?」 「うーん……よく作るのは炒飯で、得意なのはオムライスです」  余り物炒飯、結構便利だからよく作る。これからの季節だと鍋もいい。  佐伯先輩はとても楽しそうで、ちょっと興奮している。ここ、そんなにポイント高かったのかな。 「凄いね、ちゃんとした料理だ。どうして作れるの? 俺、作った事ない」 「うち、両親共働きで下に弟妹もいたので俺が色々やってたんです。小学生くらいから料理もし始めたので、その流れで」 「凄い」 「先輩は……外食ですよね」 「うん。前に作ろうとしたけれど、皿も割ったし、指も切ったし、鍋焦がしたしでダメって言われて」 「うん、それは俺も止めます」  先輩にこういうこと言うのはどうかと思いますけど、多分料理の才能はありません。  でも、そうか。教えて貰わないとやれないよな。俺も最初の頃は母さんに教えてもらってたしな。あれって、練習と慣れなんだよな。 「今度、食べてみたいな」 「え?」 「タカくんのご飯」 「!!」  それって、作れって事? 俺の作るご飯を先輩食べるんですか!! 「あ、でも俺手作りダメなんだ」 「……え?」 「店とかは平気。店で売ってるのも手作り感強くなければ大丈夫。でも、明らかな手作りクッキーとかって食べられない」 「え…………」  じゃあ、なんで俺の料理食べたいとか言ったのこの人。正直この人の頭の中が分からないよ。  でも先輩はこの矛盾に気づいていない。それに、何かありそう。 「小学生の時にね、バレンタインに貰ったお菓子に髪の毛とか爪とか入ってて。それから、怖くなったんだよね」 「え…………」  何でもない顔で言ってるけど、それはかなりの恐怖体験(リアル)ですよ。俺でも嫌です。 「あ、でもね! 目の前で作ってるの見てれば平気だと思うんだ! ようは何が入ってるか分からないものを食べるのが怖いだけだから」 「……じゃあ、一緒に作ります?」 「え?」 「ほら、鍋なら簡単なんで」  鍋つゆは市販のストレートが最近は充実してるし、野菜とか肉とか切って入れるだけだから。  それにこれなら、先輩も一人で作れると思う。  そこまで言って、ふと顔を上げた。先輩はとても嬉しそうにニコニコしていて、俺は首を傾げてしまった。 「じゃあ、明日それで」 「え?」 「タカくんのお家、お邪魔するね」 「……!!」  ニコニコしている佐伯先輩の確信犯! そして墓穴を掘った俺!  でも、そうだ。鍋を一緒にって、それは間違いなくどっちかの家じゃないと出来ない事で。しかも俺から誘ってるし! 「あの、散らかってるし……」 「気にしないよ」 「先輩帰り遅くなると困るんじゃ!」 「そうなったら泊めて。俺、床でも寝られると思うよ」 「風呂狭いですし!」 「シャワーでも十分だよ」  ダメだ、何が何でも来るつもりだ!!  どうしよう、こんな上等な人を呼べる場所じゃないのに。これから帰って片付け……間に合うかなぁ。 「買い物からいきたいな。俺、スーパー行ったことないんだ」 「マジですか」 「ねぇ、いい?」  ……ここまで言ってしまったし、この人全体的に悪気とかないんだよな。よく言えば素直な感じ。裏とかなさそう。  まぁ、余計に質悪いけどね!  でも、楽しそうにしている先輩見てたら不思議と諦められる。なんか、こう……仕方ないなって思えてくる。弟や妹にせがまれてる感じに近い。 「……しかたないですね」 「やった。言質とったからね」 「そういうこと言うと連れていきませんから」 「嘘、ごめん。嬉しいよ、タカくん」 「……やっぱ、青井って呼んで下さい」 「やーだ」  嬉しそう。演技じゃない笑顔、子供みたい。  宇宙人みたいな先輩は、話してみるとやっぱり宇宙人だけれど、ちょっと憎めない。俺は諦めて今日これから片付ける事にした。  店を出て、本当に奢って貰った。そうして歩き出したら偶然にも、途中まで道が同じだった。 「先輩も一人暮らしなんですね」 「そうだよ」 「掃除とか出来てますか?」 「小さな頃から通ってくれてた家政婦さんが週に1回程度来てくれてる」 「ですよね。洗濯とかも?」 「下着とかは洗えるようになったよ。流石に覚えた。面倒な服はクリーニング持って行く」 「お金かかりそう」 「必要経費って言われてるよ」  必要経費か。甘やかされてるよな、先輩って。 「でもさ」 「?」 「やってみたいなとは、思うよ。やる事もあるし。上手くいかない事も多いけれどね」  そう、だよな。気持ちは、あるんだよな。周りが教えないだけで、教えたらできるよな。 「……明日、料理一緒にしましょう」  思わず言っていた。なんか、先輩が不憫に思えていた。教えてくれる人がいなかったんだろうなって思ったら、寂しくなってしまった。  佐伯先輩はキョトッとした顔をして、その後にっこり笑ってくれた。 「あっ、連絡先交換してないね」 「あっ、そうですね」  明日鍋の約束をしたから、それなら連絡取らないと。  俺は急いでスマホを取り出す。先輩も出して、お互い連絡先を交換して別れた。  それにしても疲れた。一杯振り回された気がする。とりあえず風呂に入って、片付けてから寝ようかと思っていたらアプリが俺を呼んだ。新着メッセージが来ている。 「先輩?」  交換したばかりの佐伯先輩の名前。確認して、俺の心臓はドキッと音を立てた。 『無事家についたよ。今日は付き合ってくれて有り難う。ご飯、美味しかったね。また行こう』 『あと、振り回しちゃってごめんね。楽しくて、つい。迷惑かもしれないけれど、また遊んで欲しいんだ』 『明日の鍋も、楽しみにしてる。俺は4時くらいには帰れるから、待ち合わせしよう』  連続で入るメッセージは、なんだか恋人っぽいというか……少なくともこんなメッセージ俺のスマホの履歴にない。  また、メッセージの入る音。視線を落として、俺は今度こそドキドキを自覚した。 『ごめんね、急に一人になって少し寂しくなって、沢山送っちゃって。今日は有り難う。おやすみタカくん』 「…………」  この人、本当にこれを俺に送るの? 送信先間違ってない? 蜂蜜に砂糖ぶち込んで練ったくらい甘いんだけど!  スマホを睨んで、溜息をついた俺はメッセージを打ち込む。 『俺も、楽しかったですよ。明日また、連絡します。おやすみなさい、先輩』  送って、直ぐに既読がついて、嬉しそうな可愛いスタンプが返ってくる。  疲れた一日だったけれど……なんか、嫌ではなかったよな、多分。 「先輩、戯れが過ぎますよ」  もう少し、手加減してください。
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