3話:青井孝通編

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★佐伯春信  タカくんと鍋をして、酔ったからと嘘をついて泊めてもらった。こたつに寝転んで、風邪を引かないようにと毛布を出してくれて、クッションを枕にしている(ベッドを勧められたが断った)  本当は、酔っていない。キスをしたときも酔ったわけじゃなかった。  でも、俺を見上げた目が可愛かった。溺れてしまいそうなのに、必死に抗っているようで。理由なんてなく、欲しくなってしまったんだ。  指で感触を辿るように唇に触れてみる。思った通り、柔らかかった。触れるだけだったけれど、もう少し長くてもよかった気がする。  それに、ちょっと胸の辺りが痛い気がする。こんな事は初めてだ。  演技の中に入り込む事で、俺は擬似的に一時恋をする。相手は役のお姫様やお嬢さん。演じている数時間だけは、俺は俺ではなく役の何かだ。  でも、その時間が終わって舞台を降りたらその気持ちも簡単に消えてなくなる。舞台の上だけ感じていた切なさや苦しさなんてなかったみたいだ。  だから俺は、恋を知っているけれど恋をしたことがない。佐伯春信は、今まで一度だってこんな騒がしい気持ちを感じた事がない。  でも、今はすこしザワザワする。真っ直ぐな黒い目が俺を見上げて、切なげに揺れるのを思い出すと落ち着かない。  俺は、男が好きだったのだろうか? 女性が苦手で、そういう対象から除外しがちだから可能性はある。  でも、だからって松永とキスなんて想像だけでぶん殴りたくなる。ないない、絶対にない。  じゃあ、これはタカくんだから?  ふと、起き上がってベッドの中を見る。お酒弱いんだろう、もう眠ってしまっている。起き上がって、近づいて、眠っている頬にほんの少し触れてみた。柔らかくて、もちもちの肌だ。  無防備過ぎる。さっき君にキスした男が同じ空間にいるのに、どうしてこんなに無防備に寝てるの? 俺が悪い男だったら今頃襲われちゃってるよ。 「……もぉ、質が悪いな」  君は自分を地味だと言うけれど、俺は君の真っ直ぐに向けられる目と表情が好きみたいだ。君の優しさに、甘えていたいみたいなんだ。 「もう少し、側にいてね」  まぁ、嫌って言われても押しかける気なんだけれどね。
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