十  出雲の客人

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 地域が異なれば、同時に野分(のわけ)の被害をうける機会は減る。出雲が被災しても、被災しなかった(こし)から食料と物資を運び、出雲の民を救済できる。また、越が被災した時は出雲の民が越の民を救済できる。双方が被災した時は、大倭(おおやまと)の被災しなかった地域や、大倭の外から救済の手を差し伸べればよい。  となれば、大倭の遠征はこれからもつづく。いずれ遠征先に暮す一族だけでなく、大倭の兵士からも犠牲者が出るだろう・・・。  若狭(わかさ)は一瞬、そんなことを連想した。 「そのことが何か・・・」 「また、そなたのことを聞かせてください。  船旅で疲れているでしょう。今宵は夕餉をすませて、ゆっくり休んでください・・・。  もうすぐ上集(かむつど)えと年市(としのいち)です。忙しくなりまする。須我の館へもどったら、八島野(やしまぬ)と子供たちの世話を頼みます・・・。  年市を見てくると良いでしょう。八島野も運動になりまするゆえ・・・」  (いね)の態度が変わった。  この会話だけで私の人柄を見抜いたとは思えない。様子を見ているのだろうか。忙しくなるから単に人手が欲しいだけか。それとも、大倭の王の妻として己の立場を自覚したのだろうか。若狭は稲の態度の変化を不思議に思った。 「さあさあ、話はそれくらいにして、夕餉をしたくしておくれ。船旅で腹がすいた。  おおっ、そうだ!若狭の(さと)の浜で、貝を見つけてのお。きれいな色のと、珍しいのがあったから、皆に持ってきたぞ!」  布都(ふつ)が土間から小さな麻袋を取った。孫たちの目の前で広間にさまざまな貝を広げている。  布都は子供たちに気比(けひ)の郷を、若狭の郷と言って、気比の郷に良い印象を持って欲しいと願っていた。 (了)
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