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「あの十歳の小さな手が、蹈鞴を動かして鉄槌を振るうのかと思うと・・・。寝ずに炭を燃やして玉鋼(たまはがね)《たまはがね》を造るのも、火傷や寝不足が心配で・・・」
稲は十歳の頃の八島野と、今年で十歳になった五十猛を思った。
「俺も下春も尾羽張も、十歳の時から修業していた」
「弟はあなたや下春殿と同じくらいに、身体が大きかったではないですか。・・・」
「あの頃、稲は小さかったゆえ、俺や下春や尾羽張が大きく見えた。あの頃の我らより、十歳の時の八島野の方がずっと大きな身体をしていた」
「とにかく、子供たちに危険なことをさせたくありませぬ。大倭も、今のままで良いではありませぬか・・・」
「民が豊かに暮らせる国、いずこの勢力にも負けぬ国を造るのが、先祖と我らの思いだ。 子らに多くを体験させて、良き後継ぎにしたいのだ。今のままでは、子らに己の思いがなさすぎる・・・」
「多くを体験させても、良き後継ぎになれるとは限りませぬ」
「・・・」
『稲の思いに、何か訳があるのか・・・。
民を救うためにみずから人質になり、遠呂智を討てと俺に決意させた、あの思いはどこへ消えた?それとも、子らの器量を見極めたか?
いや、そんなことはない。行く末を考えず、危険な事をさせぬのが子の身を案ずることだと思っているだけだ・・・。
賢い女も、子ができればこの有様か・・・』
「明日から須我の田植えだ。眠っておかねば疲れる。眠ろう・・・」
布都斯はそれ以上話さなかった。
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