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五 短甲
その年の秋の夕刻。
須我の田を見まわった布都斯が、たわわに実った稲穂を手にして館の広間にもどった。
「八島野。お前を遠征に連れてゆく。お前は明日から樫の板で己の短甲を作れ。樫の根本は木目が絡んで割れにくい。根本を使え」
「俺には、鉄の短甲がないのですか?」
八島野に答えぬまま、布都斯は先祖を祀る祭壇に稲穂を供えた。端座して五穀豊穣の感謝を祈ると、祭壇の横から兜と短甲を取りだした。
「着けてみろ」
軽々と渡された鉄の短甲を両手に受け、八島野は、うっと前のめりになるのをこらえた。短甲は子供ほどの重さがある。着けたら、四歳の布留を背負っているのと同じである。
「わっ、わかりました・・・」
八島野は短甲を床に置いた。
『樫の木で作るなら、手斧と父上が大切にしている鋸を使わねばならない。鋸は打つのが難しい大切な道具だ。使わせてもらえるだろうか?』
「刈り入れがはじまるが、お前は短甲を作れ。わかったな」
「はい・・・」
「なにか不満か?」
「道具がないのです。自分で使えるのが」
義姉・芙美や子供たちと夕餉のしたくをしながら、稲が言った。稲の背に磐坂彦がいる。相変わらず布留と宇迦がまとわりついている。
「そのようなことは、母でなく、お前が父に言わねばならぬ・・・。
ならば、手斧をあたえる。鋸は扱いが難しいゆえ、使ってはならぬ。わからぬことは父の俺に聞くがよい」
「はい」
「夕餉にしましょう。蹈鞴場の伯父上たちを呼んできてください」
稲が八島野に言った。
「はいっ」
蹈鞴場は蹈鞴衆が暮らす北西対屋と下屋のあいだにある。
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