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八 深手
翌朝、晴天になった。
早朝、騎馬隊は余部の郷を出立した。海岸を二里進んで香住の烽をすぎ、さらに東へ三里あまり進み、昼前に竹野の烽に着いた。沖合いに十五隻の軍船が見える。
「尾羽張。狼煙をあげろっ!」
「承知したっ。火を起こせっ。杉や松の枝を取ってこいっ!」
尾羽張と十騎の騎馬兵が下馬した。
「皆、気をつけられよ!」
尾羽張がふりかえった。背後の騎馬兵は火が燃え盛らぬように、炎に松や杉の枝を投げこんでいる。
「承知した」
尾羽張たちとわかれ、騎馬隊はさらに東へ二里ほど進み、峰を越えた。
昼に近い頃。
騎馬隊は外海にそそぐ大きな川の西岸に出た。東岸を望むと、河口の砂浜に舟が二十艘ほど引きあげられ、四半里ほど上流に漁村がある。
「十騎ずつ浅瀬を渡る。岸の騎馬は弓に矢をつがえて周りを見張り、川を渡る騎馬を守れ」
騎馬隊は布都斯の指示通りに川を渡り、漁村へ入った。
漁村の中を海へむかって南北に道が通り、左右に家がある。村に人影はないが、いくつもの目がこちらを狙っている気配がする。
「村人が襲ってくるやも知れぬ。道の真ん中を進むな。家づたいに進め。皆、気を抜くな」
騎馬隊は注意深く馬を進めるが、家から誰も出てこない。
誰もいないと思ったのか、騎馬隊後方にいる八島野が道の真ん中へ馬を進めた。
「家の陰にもどれっ」
最後尾の下春はあわてて馬を駆け寄らせ、八島野の馬を家陰へ移動させた。
『指示通りに動けと言ったのに、何をしている・・・』
先頭を行く布都斯のまなざしが一瞬、八島野にむけられたその時、布都斯に近い屋根に男の顔を見えた。
「布都斯っ!屋根に人がいるぞっ!」
下春が叫んだ瞬間、布都斯めがけ、剣を持った男が屋根から飛び降りた。
襲いかかる剣を瞬時によけた布都斯は体勢を崩した。男もろとも鞍から転げ落ちたが、剣を奪い取り、男の首に鋒を当てたまま、男を地面にねじ伏せた。奪い取った剣は秦の青銅の剣だった。
「気比の所へ連れてゆけっ!村人はどこだ?」
「あっ、あの村の広場だっ!」
男は地を這うようにして、川の二里ほど上流に見える東の山手を指さした。だが、この村に人の気配がある。村人は姿を見せぬがこの村にいると下春は思った。
「これは罠だ。皆、注意して進め・・・。何かあれば、あの木立に身を隠して応戦しろっ」
下春の思いを察し、布都斯が道の東にある林を示して、騎乗した。
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