八 深手

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 男が小走りに走りだした。  布都斯(ふつし)が馬の歩みを速足に変えた。馬は右側から男の前へ出た。 「我らは(いくさ)に来たのではない。衛族(えいぞく)の探索と気比(けひ)との話し合いに来たのだ」 「生きて帰れたら、大倭(おおやまと)でも何でも支配しろっ!」  吐き捨てるように言って、男がいっきに左へ走った。  布都斯が左へ手綱を引き、馬の脇腹を蹴った。馬が男の左前方へ走った。騎馬隊はすでに村を抜けている。 「大倭の名を誰から聞いた?」 「気比の一族からだ・・・」  男が息を切らせてその場に立ち止まった。  下春(したはる)は背後に不穏な気配を感じた。ふりかえると、家々から村人が現れ、弓に矢をつがえたまま小走りに騎馬隊を追ってくる。騎馬隊を竹野の(とぶひ)へもどれぬようにするらしかった。 「布都斯っ。後ろに村人だっ!」  その時、村人が射掛けてきた。 「争ってはならぬっ。林へ駆けろっ!」  男を引っ立てながら布都斯が叫んだ。騎馬隊は道をそれて林へ走った。 「木立に身を隠せっ。馬を隠せっ!」  村人は騎馬隊にむかってつづけざまに矢を放った。 「八島野(やしまぬ)っ!矢を見るなっ!身を隠せっ!」  八島野は物珍しさだけで村人の攻撃を見ようとしている。男の腕を背後に捩じあげたまま、布都斯は八島野の襟首をつかんで木立の陰へ引きこんだ。 「下春!八島野を頼む!」 「こっち来なさいっ!」  八島野の腕をつかもうとする下春の手を、八島野が払いのけた。村人の攻撃を見ようと、一瞬、木立の陰から身を乗り出したその時、村人がいっせいに矢を放った。 「出てはならぬっ!」 「うわっ!」  矢が八島野の腹に突き刺さった。仰向けに倒れた八島野の太腿を、もう一本の矢が射抜いた。青銅の(やじり)が突き抜け、血が噴きだしている。あまりの激痛に八島野は声も出ない。  布都斯は飛びかう矢をすばやく素手で叩き落し、八島野の襟首をつかんで木立の背後に引きこんだ。  我が子の痛ましい姿に、布都斯はわが身をえぐられるすさまじい痛みと悲しみを感じた。同時に、言葉にならぬ激しい怒りと興奮が布都斯の中に湧きあがった。我が子を傷つけた者たちを皆殺しにしては八つ裂きにしたい衝動が、熱い血潮とともに首筋をかけのぼって、頭の中で膨れあがっている。
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