八 深手

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 その時、布都斯(ふつし)は、遠呂智(おろち)の討伐に出立する布都斯たちに、父の布都(ふつ)が語ったことを思い出した。 『何があっても怒ってはならぬ。迷っても、戸惑ってもならぬ。それらを怠れば、魔に魅入られてし遠呂智の心になってしまう。決して忘れるでないぞ』 『そんなことを言っても、我が子を傷つけた者を許せぬ!』 『怒ってはならぬ。気を鎮めろ。怒りから(いくさ)をすれば互いの怒りが増し、どちらかが壊滅するまで戦がつづく。落ち着け・・・』 『わかった・・・』  布都斯は己に言い聞かせた。それは長いようだが一瞬の判断だった。 「下春(したはる)っ!一甫(いるほ)っ!。八島野(やしまぬ)を診てくれっ!」 「承知したっ!」  下春は激痛に呻く八島野を騎馬隊後方に運び、血まみれの袴を裂いた。 「臍にもあたった・・・」  (くろがね)の短甲は重すぎるため、八島野は樫の短甲を着け、腕と脚に弓矢よけの樫の当て板を着けている。青銅の(やじり)の矢は樫の短甲を貫通して八島野の腹を傷つけ、樫の当て板を割って太腿を串刺しにした。割れた当て板はその一枚だけが木目の絡んでいない板だった。 「・・・おじうえ、怪我した兵はいないのですか・・・」  半ば気を失いかけた八島野が荒い息遣いで言った。己が傷ついたのに、騎馬兵の安否を気づかっている。 「誰も怪我してないから、安心しなさい・・・」 「・・・よかった・・・」  鏃があるため、矢の先にむかって貫通させねばならない。下春は太腿を串刺しにしている矢の後部を太腿の近くから剣で切り取り、太腿に残った矢から汚れとささくれを削り落とし、八島野の剣を抜いて柄を八島野に咬ませた。 「だいじょうぶ。柄を咬まなくても、がまんする・・・」 「ならば・・・」  八島野の剣を鞘に納めると、下春は一甫に、 「焼酎をかけつづけてください」  と言って、矢の後部と傷口に焼酎をかけさせ、鏃をつかんでいっきに矢を引いた。  矢の本体が腿を抜けると、歯を食いしばって痛みに耐えていた八島野が、口から泡を吹いて白目をむき出し気を失った。
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