八 深手

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「・・・気比(けひ)にそそのかされ、青銅の武具をもらったな・・・」  八島野(やしまぬ)の傷に手を当てたまま、布都斯(ふつし)がつぶやいた。 「すまぬっ。大倭(おおやまと)の兵が偵察に来る。衛族(えいぞく)奴婢(ぬひ)にする気だ。一人残らず討てと言われ、青銅の武具を与えられた。本当にすまぬっ!」  ふたたび村人たちがひれ伏した。  真一(しんいる)たち漁村の村人が大倭の騎馬隊を討てば、気比は支配地から侵入者を排除できる。村人が騎馬隊に討たれても、真一たちが勝手に大倭の騎馬隊を襲ったのであり、己の指示ではないと言えば気比はそれですむ。気比が大倭騎馬隊を恐れているのは確かだった。 「ちちうえ・・・」 「気づいたな。痛みを取るから、そのまま気を楽にしていろ・・・」  布都斯が八島野(やしまぬ)の傷に手を当てた。早く癒えるよう、先祖に病平癒を祈っている。 「痛みが和らいだな・・・」 「うん・・・」 「家へ運んでくれ」  村人たちは八島野を村の大きな茅葺きの家へ運んだ。  村は一甫(いるほ)の従弟・真一が長を務める衛族と蝦夷(えみし)たちの漁村だった。 「顔が変わって、わからなかったぞ。女と子供はどこだ?皆、元気か?」  真一の家で一甫が訊いた。 「元気だ。(いくさ)を避けて気比の村にいる。従兄者(あにじゃ)も無事で何よりだ。御子を傷つけたことは、ほんとうにすまぬ・・・」 「すまぬではないっ。大倭の王の御子を傷つけたのだ。それなりの覚悟しておけ・・・」 「わかった・・・。従兄者は大倭の奴婢(ぬひ)か?」 「私はこの大倭の王・布都斯様から(かみ)の位を与えられ、大倭の村を治めている。大倭に奴婢はおらぬ」 「ほんとうに、奴婢ではないのか?」  真一が不審な顔をしている。 「私は布都斯様の義弟君(おとうとぎみ)に助けられ、布都斯様に仕えている。嘘ではない」 「楊舜(ようしゅん)も仕えているのか?」 「楊舜の船は西へ流された。こたびは、布都斯様にお願いして、お前たちを探しに来た。  布都斯様が気比に使いを出して、そのことを伝えたのに、この有様だ。  楊舜たちも布都斯様の力をお借りして探すつもりだ」 「くそっ、気比にだまされた・・・」  真一が歯ぎしりして眉間に皺よせた。  藁の寝床に横たえている八島野の息遣いが荒くなった。  布都斯は八島野の額に手を当てた。 「熱が出てきた。水を頼む。これを煎じて飲ませてくれ」  持ってきた麻の網籠から薬草を取りだした。 「私が飲ませる。水をください」  下春(したはる)が言うと、村人が外へ湧き水を汲みに行った。
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