34人が本棚に入れています
本棚に追加
九 気比
昼餉から一時ほどが過ぎた。
村人たちは八島野を乗せた輿を運び、騎馬隊とともに上流へ歩いた。
二里ほど進むと、東の山手に大きな広場を囲んで、竪穴土間に掘っ立て柱の茅葺きの家が建ち並ぶ六十戸ほどの村が見える。広場の南にある高床の穀物倉の横に藁束が積みあげられ、軒下に根菜が吊るされている。この郷も大倭のように豊作だったようである。
「あの家です」
真一が広場の北を指さした。
物見櫓を備えた茅葺きの大きな家が、五尺ほどの高台から広場と周囲の家々を見おろしている。村に人影はなく、家々の板戸の隙間に、弓矢の狙いを定める男たちが見える。
騎馬隊が広場の中ほどへ進んだ。家々から百人ほどの男たちが出てきた。皆、弓弦を引き絞って弓矢の狙いを騎馬隊に定め、弓を持たぬ者は青銅の剣を構えている。今にも戦になりそうである。
「気比殿っ。大倭の布都斯が話し合い来たっ。戦に来たのではないっ」
気比の家の前へ静かに馬を進め、布都斯が低姿勢に言った。
家の板戸が開き、剣を帯びた身の丈五尺あまりのずんぐりした男が出てきた。男は角ばった顎に細い目の、低い鼻が横に広がった面構えで、布都斯たちと真一たち浜辺の村人を見て、舌打ちした。
「これは、これは、大倭の布都斯殿。よう参られた。話し合いとは、いったい何であろう?」
と白々しい。
「我らの地を漢や高句麗に支配させぬため、我らは諸国をまとめて、大倭を建国した。気比殿に大倭の上を務めてもらい、この地を大倭として治めてほしい。我らは行方知れずになった衛族を探している。この者が一族を探している衛族の長・一甫だ。
これらのことを伝えるために、使いを遣わしたが、我らは浜辺の衛族と蝦夷に襲われ、我が子が、このように深手を負った・・・」
布都斯は輿に乗った八島野を指さした。
「・・・気比殿は、話し合い来た我らに、戦をしかける気か?」
最初のコメントを投稿しよう!