一 日向の伊奘

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「どうした?」 「安芸(あき)が大森を出雲へ差しむけたは良き策にございました。  しかしながら、近頃の大森は出雲に魅せられて、己の素性が布都斯(ふつし)にばれぬかと不安に思っておりまする」 「その時は、その時だ」 「わかりました。伊奘様(いざさま)のお話、主・宇佐に伝えまする。では、これにて」 伊奘にひれ伏して挨拶すると、宇佐の配下は広間をから去った。 『人の心が出雲に向けば、人も物も出雲へ流れ、筑紫(つくし)租賦(そふ)が減る。人の心をひきとめんとして出雲と争えば、(いくさ)で人が討たれ、田畑の収穫が減り、元も子もなくなる。  いずれ、出雲は衛族(えいぞく)を探索して筑紫に遠征する・・・。  諸国と誓約(うけい)をかわしたように、出雲とも誓約をかわし、和平に持ちこむのが得策かもしれぬ・・・』  伊奘は筑紫の北方の豪族たち、宇佐、福間、那珂(なか)、壱岐、対馬、糸島(いと)松浦(まつら)と商いを通じて同盟を結び、友好関係を保っている。 『・・・一族をひきいて出雲に対抗できるのは、いったい誰だ。(なみ)(なぎ)か・・・』  伊奘は十二歳の娘・冉と、その許嫁(いいなずけ)・諾を思った。 『高句麗が攻めくれば出雲が動く。高句麗に対し、我らは出雲の動きを見てから動けば良い。冉と諾に、そのことを理解させておかねばならぬ。  それにしても、我らが繁栄するにはいかにすべきか・・・。  やはり、豪族たちの上に立たねばならぬが、いったい誰が立つのだ・・・』  配下の者が広間から去ると、伊奘は考えこんだ。  その夏。  大倭(おおやまと)では、西利太(せりた)(かみ)を務める、鉄穴衆(かんなしゅう)村上(むらが)和仁(わに)が兵をひきいて隠岐へ渡った。  和仁の後任に衛族の上・一甫(いるほ)が西利太の上に任じられたため、出雲に流れ着いた衛族は、仮住まいしていた軍船の作業小屋から西利太の鉄穴衆の館へ移り、鉄穴衆とともに暮らしはじめた。一族は鉄穴衆とともに鉄穴場(かんなば)(かま)を造り、鉄穴場から出る粘土で器を焼いた。
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