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気比が蝿を追うように手を振った。村人たちは弓弦を緩めて胡簶に矢を納め、剣を鞘に納めた。
「布都斯殿は、王になる気であろう・・・」
気比は下卑た笑いを浮かべ、布都斯を見おろしている。
「大倭には王も奴婢もいない。村々を指導する上たちが、上議りして政を行っている」
「ほほう、そんなことを言って、流れ着いた衛族えいぞくを丸めこんだか・・・。
この世に、支配者も奴婢もいない国など、ありはせぬ!
私はこの地の王だ!私が大倭の王になれば、諸国がまとまるぞ。いっそ私に大倭を謙譲せぬか?」
気比は蔑んだ目で布都斯を見ている。
「気比殿が大倭を支配するとでも・・・」
「いかにも。我が祖先は秦の皇帝の臣下・徐福なれば、我が言葉は皇帝の思いと心得よ!」
気比の態度が尊大になった。今も己は秦の皇帝の臣下だとの見栄があるらしい。
「大倭に加わる気はないと言うのだな?」
気比が勝ち誇った顔になった。薄ら笑いを浮かべている。
「儂が蛮族・匈奴の末裔に従うことはなかろう?私に大倭を献上すれば、戦はせぬぞ」
布都斯は歯を噛みしめて怒りをこらえている。
『これが言い伝えに聞いた徐福の末裔か?目的を果たせず、すでに国も滅んだのに、何を偉ぶっている・・・。
その昔、秦に青銅の技を伝えたのは、我らの先祖・匈奴ではないか』
下春はそう思いながら、村人たちを見るふりして浜辺を見た。
軍船が浜辺に着いている。
下春は静かに布都斯のそばへ馬を寄せ、小声で、着いたと言った。
「・・・私はあの軍船をひきいて来た。気比殿がこの地の王ならどうする?」
布都斯が浜辺を指さした。
「まっ、まさか、こっ、高句麗の軍ではあるまいな?」
真一たち衛族は高句麗から逃れた漢の奴婢である。大倭の布都斯は勇猛果敢な騎馬軍団をひきいているとの噂もあり、高句麗の侵略を極度に恐れる気比は、浜辺に着いた軍船を高句麗軍と思いこんでいた。
「遠目がきく者はおらぬかっ?十五隻であろうっ!帆に、身をくねらせた龍の印が見えぬかっ?。兵の数は千二百だっ!」
下春は大声で言った。
「船の数は十五っ!帆にくねった龍っ!」
気比の家の物見櫓から声が響いた。
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