九 気比

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布都斯様(ふつしさま)っ。待ってくれっ!俺たちは皆、大倭(おおやまと)の王に従いまする」  村人が布都斯(ふつし)を呼びとめた。 「衛族(えいぞく)をだまして布都斯様たちを襲わせたくせに、いざとなれば、高句麗軍とも戦えぬ、こんな腰抜けに従っていたのかと思うと腹がたつ。もう、俺たちは気比(けひ)に従わぬ。気比と家族を追放して大倭に従う」 「気比は皆の王ではないか?」 「秦が滅んだのに、この男は我らに掟を課して、支配していただけです」 「皆、そのように思っているのか?」 「思っておりまする!」  村人たちが口々に言った。 「ならば、大倭と誓約(うけい)を交わせ・・・。  この地から久幣臥(くぬが)の地の能登まで、すべての民を説得して大倭に従わせ、海辺に(たむろ)(とぶひ)を築け。烽と烽のあいだは二里から三里。期間は三年だ。  決して(いくさ)はするな。三年以内に説得できれば、皆を大倭の民と認め、この地を大倭に組み入れる。どうだ。誓約を交わすか?」 「なぜだ?賦役を課せられるなら、奴婢(ぬひ)と同じだぞ」 「そうだ。なぜ、賦役を課す?」 「皆は、我らの使いが気比に伝えたことを、知っていたはずだ・・・」  布都斯は村人一人一人を見つめた。 「・・・」  村人たちは黙ってうつむいた。余部(あまるべ)の息子が気比に伝えたことを知っていながら、真一たちに隠していたのである。 「たかが高句麗から逃れた奴婢ではないか」  ひれ伏していた気比が剣を抜いて立ちあがった。驚いた布都斯の馬が前脚を蹴立てた。 「その奴婢の立場を、三年の間、味わえっ!」  布都斯は馬をなだめながら手綱を引き、気比とむきあった。 「皆っ、こいつらを討てっ!」  気比が突き刺すように(きっさき)を布都斯にむけた。村人たちはどうしようか戸惑っている。 「衛族を騙し、我が子に深手を負わせたお前の行いは斬首の戒めに値する。それを許しておくのだ。ありがたく思え」  布都斯が輿に乗っている八島野(やしまぬ)を示した。 「こいつを討てっ!王を討てば、兵もひるむ。勝機も生まれるぞっ!」 「まだわからぬかっ!あれは、我らがひきいた軍船だっ!兵は千二百兵。我らを討っても、この村は大倭の軍勢によって壊滅されるぞ!」  言い終わらぬうちに、気比の剣が馬上の布都斯へ走った。
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