九 気比

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 瞬時に、布都斯(ふつし)十握剣(とつかのつるぎ)を抜いた。馬上から気比(けひ)の剣を弾き返し、鞍から飛び降りた。 「布都斯様っ!」  騎馬隊が八島野(やしまぬ)を守って弓に矢をつがえた。弓弦(ゆづる)を引き絞って気比に狙いを定めている。 「手出しするなっ!」  布都斯が一喝した。 「皆っ、こいつを討つんだっ!」  気比が叫んだ。だが、村人は身動きしない。 「くそっ」  剣を頭上に構えたまま、気比が布都斯ににじり寄った。  布都斯が十握剣を右上方に構えた。 「布都斯様っ!村の掟に従って、我らが気比を処罰します!」  村人が大声で言った。 「皆は、大倭(おおやまと)との誓約(うけい)をはたすか?」  気比を睨んだまま、穏やかに布都斯が言った。 「・・・はたしまする」  村人がしぶしぶ答える。 「ならば、気比とともに誓約をはたせ。皆に最も信頼されている村人は誰だ?」 「祖都裳(そとも)だっ」 「祖都裳。気比に娘はいるか?歳はいくつだ?」 「若狭(わかさ)だ。十五の娘がいる。人質か?」  村人の声が聞こえると、気比が、うわっと叫び、布都斯の額めがけて剣を振りおろした。  瞬時に、布都斯の十握剣が左へ弧を描き、ガッと音をたてて気比の青銅の剣が折れた。返す十握剣が右へ弧を描き、気比の右首筋で止まっている。 「三年以内に誓約をはたさねば、一族もろともお前の首を刎ねる・・・。  それまで娘には、傷ついた我が子の世話をしてもらう。  我らは常に(たむろ)(とぶひ)から、外海(そとうみ)と陸を監視している。そして、毎年の夏、大倭の軍船がこの地に遠征する。この地から逃れても、必ず探しだす。逃れることなど考えるな・・・」  十握剣が触れた気比の首筋に、血がにじんでいる。
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