十  出雲の客人

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 若狭(わかさ)は父・気比(けひ)の行いを思いだした。  気比は(さと)の人々に掟を強いるばかりで、()の国の蝦夷(えみし)との争いが絶えなかった。  大倭騎馬隊(おおやまときばたい)との争いも、気比がしかけた争いだった。村人や兵士が傷つかずに収まったのは大倭騎馬隊がはじめてだったが、八島野(やしまぬ)が深手を負ったことが、若狭は悔やまれてならなかった。  若狭には己の一族も他部族も分け隔てがなかった。 「思いません。郷を治める父が郷の人々を苦しめ、他の郷の人々を苦しめれば、父の行いは正しいとは言えません」 「・・・・」  (いね)布都斯(ふつし)が話したことを考えていた。  兵士にも家族がいる。妻も子供もいる。我が子のために兵や夫が犠牲になれば、大倭の(かみ)の中の上であり蹈鞴衆(たたらしゅう)総村上(そうむらが)である布都斯の妻として稲は立場がなくなる。それはわかっているが、我が子を守ってほしいとの思いも叶わず、我が子だけが傷ついたのが口惜しいのである。  若狭は考えこむ稲を見て、布都斯に対する稲の態度は、夫に対する甘えと、我が子の身を案ずる母としての本能的な行動に思えてきた。稲は思ったより利口な女かもしれない。  己の思いを気づかれて気まずく思ったのか、稲が話題を変えた。 「そなたの郷では争いの他に、村人が苦しむことがありますか?野分(のわけ)はどうです?」 「来ますが、大きな害にはなりません」 「なぜです?」 「郷は山に囲まれています。野分は山を越えてきますから、風が弱まります」 「米はたくさん取れますか?」 「夏が暑ければたくさん取れます。寒い夏は取れません」 「出雲も、寒い夏はそうです・・・」
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