34人が本棚に入れています
本棚に追加
三 助言
初夏。穏やかな日和がつづいた。
あちこちから蛙の声が聞こえる。
木々の若葉が芽吹き、水が温んだ晴れた朝。旅伏山の麓の爾多村の人々総勢五十人あまりが農具を担いで苗や種籾の入った籠を積んだ馬をひき、馬鈴の音とともに田へむかった。
簸乃川の流域と、宍道湖にそそぐ簸乃川の支流の周辺は湿地が多い。これらに近隣の郷や村の水田がある。爾多村の人々と爾多村の上を務める布都斯の父・布都の水田も、多くが旅伏山の南麓から簸乃川までに広がる湿地にあり、村つづきである。
田に着いた村人たちが二組にわかれた。一組が水の溜まった田の土を鍬や鋤で起こしてやわらかくし、万鍬で均した。もう一組が苗を植え、籾を蒔いた。直播きである。
昼近く。田の水面に人影が写って、子供の声がする。
布都斯は土を起こす鍬の手をとめて顔をあげた。
稲と芙美と阿緒理が子供たちを連れて畦道を歩いてくる。その背後に、村の女たちと布都斯の母・春奈、稲と尾羽張の母・綾と下春の母・都姫の姿が見える。
布都斯と下春と尾羽張の三家族は、四日前から布都や村人の田植えを手伝いに来ている。
この時期、海辺を監視する騎馬兵と、布都斯たちに仕える蹈鞴衆と鉄穴衆もそれぞれの実家へ農作業にもどっていた。
海辺を監視する騎馬隊の食料は、大倭の郷々から支給されたが、騎馬兵の家族の食料は自給自足である。農繁期になると、布都斯は騎馬隊に海辺の監視をひかえさせ、騎馬兵を家族のもとへ帰して農作業させていた。
最初のコメントを投稿しよう!