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布都は布都斯の思いを察していた。
「遠呂智を討ったお前に、儂が、蹈鞴衆の村上を譲り出雲を治めろ、と言ったのを覚えておるか?」
一つめの握り飯を食い終え、二つめを食いながら布都が言った。村上は集団の指導者のことである。
「思いをうけ継ぐ者のことか?」
「そうじゃ」
「覚えているが・・・」
「子は、
『この親の子になって、己の思いを遂げよう』
として生まれてくる。それゆえ、子の思いと親の思いがちがうこともある。だから、
『先祖の思いを遂げる優れた魂が、お前たちを選ぶよう、日々精進せねばならぬ。先祖の思いをうけ継ぐ魂の子を、一人でも多く持てるよう、子をたくさん生め。子は宝だ』
と話した」
そう言うと、布都は簸乃川の対岸を見ながら汁をすすった。
「思いをうけ継ぐ者がいない時は、どうすれば良いのだ?」
「そう悩むな。人にはそれぞれの使命がある。お前たちの子らにおらねば、一族から探せ。一族におらねば、民から探すしかあるまいて・・・。
儂らの思いをうけ継いでもらえるよう、仁岐と速日に妻を探してやらねばと思うておるが、儂とて、近頃の二人が何を考えておるのか、よくわからぬのだ・・・」
仁岐と速日は布都斯から離れた畦にいる。
二人は布都斯とひとまわり歳が離れた双子の弟たちだ。ふたりは村の娘たちと陽気に話しながら握り飯を食っている。その先に、妻や子と話す、下春と尾羽張がいる。
布都は仁岐と速日を見ようとしなかった。簸乃川の対岸から上流へ視線を転じながら握り飯を食い終え、汁を飲み干した。
簸乃川の上流に加茂村の集落が霞んで見えた。その先の木次村は春霞のなかである。
「孫たちの行く末は、まだわからぬ・・・。
今日でやっと田植えが終わる。この歳になると、野良仕事はくたびれるのお。しばらく、横になろう・・・」
布都は乾いた芝の上に、ごろりと身を横たえた。
「・・・」
周囲では、握り飯を食い終えた者たちが、畦の乾いた芝に身を横たえている。
布都斯も芝に横になった。ひばりが一羽、さえずりながら青空を飛んでいた。
『どんな雛が孵るか分からなくても、つがいは毎年、巣作りする。この先、どんなことが起ころうとも・・・』
布都斯は、そんなことを思いながら瞼を閉じた。瞼の裏に陽射しが赤く映った。
『俺は考えすぎか・・・。そんなことはあるまい・・・』
瞼の裏の赤い陽射しから、色彩がゆっくり消えていった。
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