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小声で冷静に言うのは、海原葉琉。親の教育が徹底しているのか、同年代の友達相手でもけして丁寧な言葉遣いを崩さない少年だった。眼鏡の奥からは、こんな時であっても落ち着いた眼差しが覗いている。仲良し三人組の特攻隊長が翔介なら、頭脳は葉琉だった。彼がどんな状況でも落ち着いて判断を下してくれるから、このような恐ろしい目に遭っていても自分達はパニックにならずに済んでいるのである。
翔介は大きく息を吐いて、そっと隙間から外を覗いた。
――いる。……くそ、通り過ぎるなら、早く行っちまいやがれってんだ!
廊下には、人間に近い姿をした――しかしけして人間ではありえない化け物が存在していた。
なんせ、肌の色が灰色。体長は2mどころか3mにも届きそうなほど。全身筋肉質で全裸、人間に近い身体に見えるものの股間に性別の象徴らしきものはない。禿げた頭に、ぎょろんとした白目のない真っ黒な目がついている。今は小さくすぼまっているように見えるその口が、捕食する際には耳まで裂けて獲物を噛み砕くことを翔介は知っていた。
実際に見てしまったからだ。あの鋭い歯で、ばりばりと獲物を噛み砕いて食べるところを。
噛み付かれたら怪我では済まないのは明白だった。そいつが今、自分達の教室の前をゆっくりと通過していこうとしているのだ。腹をすかせ、この実験場に巻き込まれた哀れな少年少女達をあまさず胃袋に収める、そのために。
――最悪、戦うしかない。
翔介は、ちらりと自分の手首を見る。両腕に嵌った銀色のブレスレットは、自分達をこの実験場に拉致監禁している組織が用意したものだった。逆らえば両腕を爆破されて殺されるが、正しく使えば有効な武器になるというものである。
この中には、彼らが科学の粋を集めて作ったという“魔法”の力が備わっているという。
翔介、結、葉琉。三人それぞれ、別々の力が組み込まれていることは既にわかっている。これを駆使してあの化け物をかいくぐりつつ、この実験場から脱出しろというのが奴らの命令なのだった。
問題は、このブレスレットに備わった力はそれぞれ使用できる条件に制限があったり、あるいは使用回数が極めて限られたものであったりするということだ。
――まだ、“出口”も“鍵”も見つかってねぇんだ。できれば、ここは能力を使わずにやり過ごしたいところだが……!
ずしん、という足音が不自然に止まった。化け物がぐるん、と首を不自然に傾けてこちらを見る。
――しまった!
翔介は慌ててドアから離れた。化け物が腕を振りかぶって、ドアを破壊する体制を取ったからだ。
自分達は知っている。このドアの鍵など意味はない。かけて閉じこもったところで、奴の怪力ならば大した時間稼ぎにもならないということを。
「ゆ、結!葉琉!逃げろ――!!」
翔介が叫んだ次の瞬間。
教室のドアは、轟音と共に吹き飛んでいたのである。
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