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葉琉が万が一間違えても、自分は葉琉のせいにしたりしない、とは思う。だが、そもそもの問題、葉琉が判断を間違えるということそのものがあまり想像つかないと感じているのも事実だった。翔子には見抜かれていたのだろう。彼女は葉琉と結のことも何度も顔を合わせているし、よく知っている。彼らのことを信じているからこそ、そこに依存しようとする翔介のことが許せなかったということらしい。
ぐうの音も出ない、正論。いつも自分はこうだな、と翔介は己に呆れてしまった。男相手に拳の喧嘩をして負けたことはないのに、女――特に翔子相手に口喧嘩で勝てた試しがないのである。彼女が言うことが大抵正論であるというのもあるが、何より彼女の頭の回転の速さと口数の多さに気圧されてしまうとうのが大きい。
彼女のような人間から見れば、自分は優柔不断で他人任せのしょうもない兄に見えるのだろう。人間、誰だって得手不得手はある。ちょっとくらい駄目なところがあってもいいじゃないか、なんてことを言ったらもっと燃え上がるのが分かっているので何も言えないけれど。
「今日もコテンパンだねえ、翔介」
「見事にしてやられてますね。写真取っておきます?」
「やめて、全力でやめて葉琉!」
そこに戻ってきたのが、結と葉琉の二人だった。先生に呼ばれて職員室に行っていたのである。
結はともかく、成績優秀な葉琉がそういう理由で職員室に呼ばれることはまずない(あるとしたら、体育の出席回数が少ないとか、そういう方面だけだ)。今回もそれぞれ“良い理由”で呼ばれたことを翔介は知っていた。結は陸上の大会で優勝した件、葉琉は写生会のコンクールで入賞した件である。
彼らは自慢の友達であったが、時々翔介は引け目を感じずにはいられないのだった。彼らはそれぞれ“誰にも負けない武器”がある。翔介は、彼らほど他人に自慢できる何かを持ち合わせていなかった。少なくとも、この時はそう思っていたのだった。
「ちょっと、葉琉さん聞いてよ、うちの馬鹿兄貴に説教してやって!」
そして、翔子はここぞとばかりに葉琉に応援を頼み、翔介を説教させようと働きかけてくる。
勘弁してくれ、いつまで続くんだこの流れ!と翔介は頭を抱えていた。
そんな平々凡々な時間が、いつまでも続かないことなど知るよしもなく。
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