それはひろいもの

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 結局、弟は葬式にも来なかった。死に際くらい戻ってくればよかったのに、と思いながら自宅に帰ると、例のネックレスが壁に留められたままだった。  押しピンを外そうとしたけれど、できなかった。錆びたネックレスの端に父の笑顔が思い出されて手が震える。  父が一度目にプレゼントをくれたのは中学二年のときだった。汗まみれになって部活から帰ると、部屋の隅に黒いCDラックが置かれていた。音楽にハマり始めた私のために、どこかで買ってきたらしい。  おしゃれな白いCDラックが欲しかった、とは言えず「ありがとう」と言うと「なんのなんの」と父は嬉しそうにガラス戸を開けたり閉めたりした。  二度目は大学一年の頃だった。正月から家電量販店のチラシとにらみ合いをしていると、父が一万円札をこたつの上に乗せた。「何なんこれ」と聞く私に「買うてきたらええ」と限定セールの電子辞書を指さした。どうして欲しいとわかったのだろう。アルバイトはしていたものの金欠に喘いでいた私は素直に「ありがとう!」と一万円札を財布に収めた。  買ってきた電子辞書に父が興味を示すことはなかったけれど、風呂場から鼻歌は聞こえた。  記憶のかぎり、弟が何か買ってもらったことはなかった。嬉しい反面、複雑な気持ちにもなった。けれど弟にも買ってやってとは言えなかった。父が弟のことをどう思っていたかは生涯わからないままだった。 「まま、これおんなじー」  壁に向かって突っ立っている私に長男が言った。私のスケジュール帳を手にしている。  表紙には月と星の絵が描かれていた。とりまく流れ星の跡がチェーンのようにも見える。これを父が見る機会があっただろうか。ただの偶然か、きまぐれか、父ならありそうなこと――  まぶたがどうしようもなく熱い。ふくらはぎに次男がしがみつく。長男が「どうしたの?」と眉根を寄せて私を見上げる。  彼らを抱き寄せてやわらかい体に顔をうずめた。涙と鼻水がどうしようもなくあふれ出て、着替えたばかりの服を濡らす。 「まま、おほしさますきだね」 「うん……お月様も好きだったね」 「おじいちゃん、またひろってくるかな?」 「そう……だね」  父がこの世で何かを拾うことはもうない。もしかするとあの世でまた何か拾い物をしているだろうか。先に旅立った飲み仲間に自慢げに見せたりしているだろうか。  叶うなら、弟にも星を拾ってやってくれないか―― 「まま、おじいちゃんいつくるかな?」 「おじいちゃんは……もうおねんねしたからね」 「どこでねてるの?」 「お空の上だね」 「ぼくがおこしてあげるよ」  長男の柔らかい髪をなでて押しピンをはずした。もらったあの日よりいっそう錆びたネックレスを首から下げてみる。 「似合う?」 「まま、かわいいよ」 「あーうー」  長男と次男が私に抱きついて笑った。私が知らないだけで、弟と父にもこんな温かい日々はあっただろうか。母は父から何か貰ったことはあっただろうか。  壁に空いた穴を指でこすった。ネックレスを首からはずして両手に乗せる。  最後のプレゼントがこれかあ、と思うと何だか笑えた。「ぼくもつけるー」とすがる長男に「これはママのですー」と言って笑い合う。  ベランダから西日が差し込んだ。秋の終わりの木漏れ日はネックレスを淡く光らせ、優しい温もりを残していた。
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