それはひろいもの

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 私は仕方なく胸に当ててみた。母についてベランダに出ていた長男が駆けてくる。 「ままーなにそれ?」 「おじいちゃんがくれてん。似合う?」 「まま、かわいー」  長男が抱きついてきたのであわててネックレスを上げた。次男も触らせろとばかりにしがみついてくる。 「うーん、ありがとう」 「なんのなんの」  父はご満悦で煙草のケースを取り出した。「おじいちゃん、たばこはそとー」と長男に言われて腰を上げる。吸う前から咳き込んでいるのに、一生禁煙はしないつもりだな。早死にするわ、と思っていると母が戻ってきた。 「かなこ、無理に受け取らんでええで。誰が触ったかもわからんのに」 「いやーうーん、子供らおるし洗ってもええかな」  父はベランダに出ながら「好きにしぃや」と言った。背中の向こうで煙がのぼり、長男が「くさいー」と掃き出し窓を閉める。  持ち主の方、ごめんなさい。とりあえずきれいにします、と思いながら蛇口をひねった。錆びた部分から黒い金属が見えている。本物の銀じゃないよなあ、百円ショップでも売ってそうだけど、とは口が裂けても言えない。  ざっと拭いて乾かし、悩んだ末に押しピンで壁に吊り下げた。 「つけへんのか?」 「たいちゃんが引っ張ったら危ないやろ?」 「せやな」  父は長男を膝に乗せ、プロ野球中継をつけた。長男はすぐさま下りて「おもしろくなーい」と特撮ヒーローの録画に変える。 「ゆうちゃん、野球はおもろいで? ゆうちゃんのママは野球好きやったで」 「まま、そうなん?」 「まあソフトボールやるくらいには……」 「お父さんが無理やりルール教えたんやろ」  母がまた苦笑いをする。手早く洗濯物を畳んで今度はおもちゃを片づけ始める。 「かなこはえらいわ。いっつも黙ってお父さんの話聞いて。野球とゴルフと麻雀に興味のある娘がどこにおんの」  父は聞かないふりをしている。「まあ好きやったで」とフォローを入れると「孝介は男の子やのに全く興味なかったしなあ。お父さん、かなこに感謝しなさい」と弟の名前を出した。父は黙ってチャンネルを変える。  父と弟は昔から折り合いが悪い。いい意味でも悪い意味でも頑固でマイペースな二人は、喧嘩もできないほど親子仲は冷めきっている。 「かなこ、今夜は何が食べたい?」 「トンカツかな。ひとりやと危なくて揚げ物できんし」 「よっしゃ任せとき。買い物行こか、ゆうちゃん」  「行くー」と長男は支度を始めたが、父は動こうとしない。 「お父さん、行かんの?」 「疲れてるらしいわ。ほっとき」  ここは実家か、と思ったけれど夫もいないことだし留守番してもらうか。 「じゃあ行ってきます」  玄関で声を上げると「ん」と小さな返事が返ってきた。実家から何百キロも離れているのに両親がいるだけで懐かしく温かな空気が流れた。
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