左手指

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左手指

「痛い!もうっ」 「怒ってるし」  一人でキレてて面白いな、と一斗はけらけら笑っている。 「だって、こんな針金みたいなのを指で押さえろって言うのがおかしい!」 「誰でも通る道だなー。立ちはだかるFコードの壁」 「くそいてー」 「口悪いな、もう」  そういう一斗は横でアコースティックギターを華麗に爪弾いている。 「一斗はずるい」 「なにが?」 「俺もアコギにする」 「初心者はまだエレキの方が弾きやすいってー」  嘘ついてないし!って、男二人で取っ組み合う姿は誰にも見せられない。そう、ここは他のどこでもない一斗の部屋。 「夜空のギター&ボーカルの音楽歴がここから始まるんだから、大切にしろよな」  経験というものを何より大切にしようとする、親戚のおじさんみたいな優しい顔をする無二の親友。 「楽器したことない奴に、いきなり歌いながらギターを弾けって無謀だなぁーって全く」 「アイドルバンドで下手だったら、めちゃめちゃ炎上するぞ」  歯を見せて、笑われる。 「他人事(ひとごと)だと思ってー」 「逆に上手いなって思わせることができたら、こっちの勝ちだよ」  笑顔のまま片目だけを瞑って悪戯っぽくなる。  世間に対して、仕掛けをしているのか、俺は。  どうせなら、びっくりさせてやろう。こんな面白いのがいるんだって。
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