隻眼の御子

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「やあ」  最初は誰なのか分からなかったけど。品のある格好に落ち着き払った声・・・・・・瑞貴くんが断言した通り、本当に驚いた。 「もしかして、杏里さん!?」 「久しぶりだね。少し見ない間に心ちゃんも随分と立派に成長したものだ」  杏里さんは温和な笑顔を繕い、10年以上の時を経た再会を喜ぶ。老いが進み、白髪が目立っているが、勇敢だった面影はあの頃とほとんど変わっていない。 「お母さん。この人は誰なの?」 「この人は杏里さん。昔、蟲崇の集落で私と瑞貴くんを助けてくれた人なの」 「そうなんだ。初めまして。私は深瀬 由布子と言います」  娘は前に出て恩人である客人に対し、礼儀正しくお辞儀をして挨拶をする。 「ははっ。君に似て、とてもいい子だ。将来、立派な大人になるだろう」  こうして、私達はあの時、命がけで戦った人間達の同窓会を開いた。私も瑞貴くも杏里さんも、色々な事を話し合ったんだ。勿論、蟲崇の集落の事も・・・・・・ 「私が貴重な一員の貯蔵庫を燃やした事で村人達は二度と不老不死の薬を作れなくなった。その後、集落は崩壊し、今やそこは田舎の風景だけが広がるただの廃墟と化したらしい」 「村人達はどうなったんですか?」  瑞貴くんが誰もが気になりそうな内容を問いかけると 「全員が消息を絶った。集落を去ったのかも知れないし、世間に秘密が公になる事を恐れて集団自殺を図ったのかも知れない」 「じゃあ、一也くんは・・・・・・」  私はどうしても胸につかえていた疑問を口にすると 「ああ、あの子も行方知らずのままだ。私も集落から逃げる際、あの山道を通ったが、彼の死体は見当たらなかった。あったのは大きな百足の遺体だけだった」 「・・・・・・百足さん、最後まで私達を救おうとしてくれたんです」 「とても、勇敢だった。僕らがあの集落を逃げ出せたのは、百足さんの自己犠牲のお陰だよ」  私と瑞貴くんが言って、杏里さんも強く同意した。 「ああ、私も彼に生きる機会を与えれたようなものだ。15年の時が経っても、今という将来のきっかけを作ってくれた恩は一度も忘れた事はない」  3人は懐かしいとさえ感じない遠い過去に浸る。それはまるで、今もあの時の時代にいるかのような奇妙な感覚だった。 「お母さん。花火やってもいい?」  唐突にかけられた娘の声で私達は我に返る。 「花火?いいよ。でも、ちゃんとバケツの傍で火をつけてね?」  すると、杏里さんも膝を伸ばし、庭へと歩く。 「すまないが、私にも1本譲ってくれないか?花火なんて、幼子の時以来だな。たまには少年の心を呼び覚ますのも悪くない」 「勿論、皆でやった方が楽しいですからね。はい、どうぞ」  娘は笑顔で杏里さんに花火を配り、火をつけた。綺麗な閃光に心を奪われる2人を眺める私と瑞貴くん。   今の私に苦しみなんてない。後はこれからの未来に向けて精一杯、生きて行くだけだ。勿論、その先にはたくさんの新たな試練が待ち受ける事だろう。だけど、この人達と一緒なら、乗り越えられる気がする。 「愛してる・・・・・・」  私はそう呟くと、この世で誰よりも愛している幼馴染みの手に自分の手を置いた・・・・・・               隻眼の巫子 終
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