ロスト・メモリ

二週間前のケンカの相手は、健斗と同じ小学校出身のクラスメートだった。

クラスの中心的存在である彼に、健斗が軽く意見したことが、取っ組み合いのケンカにまで発展する火種になった。

健斗がひとつ上の先輩の遊び仲間に入っていることをよく思っていなかったクラスメートは、「調子にのるな」と毒付き、健斗の父親が不倫して家を出て行ったことを教室で大声で暴露した。

同じ小学校出身なら、中途半端な時期に名字が変わった健斗の家庭事情を知っていた人は他にもいたかもしれない。でも、今まで誰もそのことに触れてきたりはしなかった。

だから、勝手に大勢の前で事実を言いふらされたとき、健斗はクラスメートに対する怒りを抑えられなかった。

自分だけでなく、父親がいなくなってからの二年間の母との生活そのものを馬鹿にされたような気がした。

それでつい、クラスメートの顔面に向かって手が出た。

担任にも、学校に呼び出された母にもケンカの理由は言わなかった。

話したって、まともに聞き入れてもらえないかもしれない。

それに、結果的に先に手を出してしまったのは健斗のほうで。そういう結果を招いた自分の気持ちを、うまく伝える言葉が見つからなかった。