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「ごめんなさい」
健斗がもう一度呟くと、泣きそうに顔を歪めた母がゆっくりとくずおれた。
「ごめんね。お母さん、健斗とふたりだけになって、頑張らなきゃ、しっかりしなきゃって思っているうちに、大切なことをどこかに落としてきたまま、ずっとずっと忘れてた。生まれてきた健斗を初めて抱っこしたとき、この子がいつも笑っていてくれれば、それだけでいいって。あとは何にもいらないって。そう思ったはずなのに」
ベッドに横たわる健斗の上に身体ごと伏せてきた母が、健斗をきつく抱きしめる。
「だから、早く出て行きたいなんて言わないで。もう少し、健斗が大人になるまで、お母さんの手で守らせて」
ひさしぶりに母から向けられた慈愛に満ちた優しい眼差しに、健斗の胸がふわっとした懐かしい温かさで満たされていく。
ふと、これによく似た眼差しを誰かに向けている人を、最近どこかで見たような気がした。
けれど、その記憶は曖昧で。目を閉じた健斗の、深い意識の奥へと沈んで消えてしまった。
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