ロスト・メモリ

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「次の方、どうぞ」 高くもなく低くもない、どこか中性的な響きと不思議な感覚をともなう声が、少年の耳に届いた。 顔を上げると、スライドドアの向こうに白衣の男が立っている。 灰色がかったブラウンの髪に、光の加減でオレンジや黄色にも見える琥珀色の瞳。 遠くからでも肌色の白さがわかるその男は、ドアの向こうにゆらりと漂うように立っていて。なんとなく、実像だと思えなかった。 「どうぞ」 頭の中で反響する男の声に逆らえず、少年はドアのほうへと足を踏み出した。 不思議な空気を纏う男のほうに歩み寄りながら、いつのまにかさっきの女性が姿を消していることに気付く。 この待合室にはこのスライドドアひとつしかないのに、いったいどこへ────? そんな考えが少年の頭を過ったのは、ほんの束の間のこと。 男の待つスライドドアの向こうに一歩足を踏み入れたときには、頭を掠めた小さな疑問は既に消えてなくなっていた。
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