ロスト・メモリ

5/23
前へ
/23ページ
次へ
「心配しなくても大丈夫。ここへ導かれたということは、君に落としたものを取り戻したいという気持ちが少なからずあるからだ。君が落としたのは何色だったかな」 白い棚には白い箱が、いくつも隙間なく並べられている。同じように見える箱のひとつに、男が迷いなくその手を入れた。 「あぁ、これだ。まだ落としたばかりだから、少しも色褪せていないね」 男が少年のほうに差し出してみせたのは、掌にのるほどの美しく輝く球体だった。深い青のような、濃い紫のような。それに、ときおり赤や緑の光が混じる。 その輝きは少年の心を強く惹きつける。だが同時に、それそのものを拒絶したくなるような鈍い痛みが胸を襲った。 無意識に左胸の上で服をきつく握りしめる。そんな少年に向けられた男の眼差しは、憂いに満ちていた。 「外側の青紫が濃いね。もしかしたら、少しつらい思いもするかもしれない」 男の掌の上で、球体の青紫がより濃く深くなる。 哀しい、淋しい、嫌悪をともなう怒り。確かな覚えのあるそれらの感情が、少年の心に少しずつ流れ込んできた。 「それでも、君は取り戻したいかな?」 男の声が遠く聞こえる。 不思議に響くその声に導かれるように、少年は手を伸ばしていた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

151人が本棚に入れています
本棚に追加